虜にさせてみて?
首筋に唇の感触が一瞬したかと思うと、目を合わせて、髪を撫でてから優しいキスを私に落とした。

キスは次第に激しさを増して、息もつけなくなる。

気が遠くなりそうな位、長い間、ただ、キスだけを繰り返していた。

「ひっ、びきっ……」

息も絶え絶えになり、名前を呼んだ私。

この先を想像して、止めて欲しいような、欲しくないような私。

「好きだとか、愛してるとか、言わなきゃ、信用出来ない?」

「えっ?」

「ひより、好きだ」

意外な質問に答える前に、響からの微かに聞こえた愛の告白。

「私も好きだよ」

感激して、涙がシーツに溢れ落ちる。

きっと一生かかっても、響から聞けなかったかもしれない言葉を貰えた事が嬉しい。

「バーカッ」

さっきの甘い囁きとは裏腹な言葉を私に投げ掛けて、涙を手で拭う。

「なぁ、本当はずっと我慢してるんだけど」

それが何かは、私には直ぐに分かった。

本音の気持ちが貰えたら、残りは“貴方”が欲しい事を――

「じゃあ、もう一度言って?」

「はぁ? 嫌だよ。そう何回も易々と恥ずかしい事を言えるかよっ」

やっぱり、無理か。

まぁ、一度だけでも聞けた事、嬉しかったよ。

「その代わり、言葉以上に分からせてやるから


響はそう言うと、フッと口元だけで柔らく笑って涙の後が残る目尻に、そっと唇を触れた。

ガラスの破片をかき集めるように、優しく丁寧に触れる響。

こないだのお酒が入ってた日とは違う、独自の甘さで魅力しようとしてる。

さっきの言葉だって、“言葉以上に分からせてやるから”だなんて、思い返せば、滅茶苦茶に恥ずかしい。

次第に緊張してくる私。

「ひより? もしかして嫌?」

「ちっ、違うんだけど、そうじゃないんだけど。お風呂入りたいな、なんて」

真っ直ぐな瞳で見下ろす響の顔を、まともに見れない私。

期待しすぎてるのか、想像しすぎてるのか、私は心臓が早く動き過ぎて息が苦しくなりそう。

初めてじゃないのに、こんなに緊張するのは駿よりも好きになった証拠かもしれない。

ごめんね、響。少しだけ時間が欲しい。

気を悪くするかな?

「ごめん、無理矢理はしないハズだったのに。悪かったな」

響は私からそっと離れると、ハンガーにかけてあった黒のジャケットを羽織った。

「風呂の前に飯、食いに行く? あんなんじゃ、腹にたまらなかっただろ? 先にロビーに降りてるから鍵忘れないで」

颯爽と用意して部屋を出て行ってしまった。

響に初めて『好き』と言われたのに雰囲気をぶち壊した私は、どうしようもなく臆病で困る。

怒らせたかもしれない。とにかく服とメイクを直して追いかけよう。

「響、ごめんね。怒ってる?」

ロビーに座って待っていた響に、後ろから手で目隠しをして話かけた。

「別に怒ってない」

そっと手を取り除かれて自然に繋がれる。

立ち上がり、「どこ行こうか?」と言われた。

怒ってないのならば良かった。

安心したのと同時に、早くも響の普段見れない甘さに酔いしれてる自分が居て鼓動が早くなるばかり。

旅行に来てからの響は意地悪も言うけれど、甘さの方が強くて私はどうにかなってしまいそうだった。

「たまには居酒屋でも行く? 堅苦しい所はもう勘弁だろ?」

「飲めないのに?」

「うるさいっ」

私達は早めの夕飯を取るために、街中へと歩き出した。
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