夏色モノクローム
 どすどすと、遠くから足音が近づいてくる。
 焦りを含んだその足音は、里央の背後にある戸の前で立ち止まり、ガラガラと、勢いよく戸が開け放たれる。
 背後から眩しいほどの光が差し込み、薄暗かったこの部屋の中を明るく照らした。

 モノクロームの三叉路。歪みを持った独特の世界感は、里央のよく知る描き手によるものだ。
 個展にだって足を運んだ。
 だって、里央はその描き手のことが大好きなのだ。
 いつだって、追ってきた。
 モノクロームに、わずかに色が置かれただけの、静かで、歪んだ彼の世界を。

 ただ、目の前の絵画は、いつもと決定的に違うことがあった。
 地上はモノクロームのはずなのに。
 空が。
 あまりに鮮やかな。真っ青な、夏空だ。

 そしてその空の下、一眼レフを持った女の子が、振り返っている。
 空の青を受けて、女の子もまた鮮やかに彩られて。

 キャラクターの表情変化が乏しいとよく言われているのに――その絵の中の女の子は、はにかむように、眩しそうに、幸せそうに笑いながら手を伸ばしている。
 その女の子の顔を、里央はよく知っていた。

「…………志弦さん、私のこと、好きすぎじゃないですか」

 だって。毎日、鏡で見る顔だ。
 あの一眼レフだって、いつも里央が持っているものに違いがない。

 でも、里央自身知らなかったことだってある。
 志弦の前では、里央はこんな表情をしていたんだって。
 歪みも何もない。晴れやかな顔で真っ直ぐ彼のことを振り返る。そして、迷いなくその手を伸ばしている。

 志弦はどんな気持ちで、この絵を描いていたのだろうか。
 伸ばした手を握りかえしたいと、望んでくれていたのだろうか。

「誤魔化そうとしても無駄ですよ。私、このイラストレーターさんの絵、ずっと追ってきたんですから。ばればれです」
「……」
「ね? 現ノ(げんの)最中(もなか)先生」
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