まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「すみません、一哉さんきっと拗ねてしまったんです」

 自分でもどうしてそんなことを言ったのか分からない。突然声を発した私に驚いて「え?」と真顔になるお義母さんに声が震えた。

「あの……お式が。そう、とても大きなお式だったので私が疲れてしまって。あまり構ってさしあげられなかったから、ごめんなさい一哉さん」

 この状況を乗り切ろうと必死だった。彼に腕を絡ませてぎゅっと自分の方へと引き寄せながら、ぴくぴくと口元が引きつる。

「あら、一哉さんが拗ねるなんてそんな可愛い一面があって?」

 咄嗟についた嘘はからかうように高笑いするお義母さんの声に一蹴される。ぎくりと背筋が寒くなる私は腕を絡めたまま彼がどんな顔をして立っているのかと怖くて顔を上げられなかった。

「若葉(わかば)さん、用はないようですのでお引き取りいただけますか」

 その瞬間、顎がくいっと持ち上げられ柔らかいものが唇に触れた。目を閉じるのも忘れて彼の顔が目の前に現れる。

「やっと素直になってくれたみたいです。妻との時間を堪能したいのでふたりにしていただけますか」

 目も口も開いたまま固まる私をよそに一哉さんは私の肩をそっと抱き寄せ笑顔を作る。正座したまま面食らうお義母さんの前で袖を通していた羽織が彼の手によってはらりと落とされた。

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