まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「構いませんよ」

 事務室でパソコンに向かう女将に意を決して頭を下げたら、ふたつ返事で言葉がかえってきて拍子抜けする。あんぐり口を開けて立ち尽くしていたら一瞬チラッと視線を向けられた。

「なんですその顔は。反対されるとでも思ったの? あなたひとりいなくたって何も変わりやしませんよ」

 厳しいセリフがグサッと心に突き刺さる。でもど新人の私にできることなんてたかが知れているけれど、改めてそう言われてしまうと少しだけ傷ついた。

「それにちょうどいいわ。京都に行くならお得意様にご挨拶してきてちょうだい」
「はい」
「新婚旅行もまだだったでしょう。ついでに済ませてきてしまいなさい」

 ついで――。
 ファイルに入ったリストを受け取りながら、相変わらず棘のある言葉に顔が引きつりははっと空笑いを浮かべる。

 でも許しが出ればこっちのものだ。きっと一哉さんのことだから仕事にこん詰めて忙しくして私生活を疎かにしているに違いない。だから少しでも時間が作れる間だけは彼を支えたいと思った。


 京都へはすぐに発った。

 ひとまず着いてすぐにいくつかのお店を回って挨拶をして、夕方その足で来年オープン予定の式場へと顔を出した。

「奥様ですか?」

 ひとりうろうろとしていたら、業者らしき人たちに指示を出していた見覚えのある男性がこちらを向いた。たしか彼は一哉さんが倒れた時に一度だけ会った秘書の光井さんだ。

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