初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
「貴女に是非聞いていただきたい話があるのです
 お手間は取らせません
 少しでいいので、どこかでお会いできませんか?」

今のノーマン様には似合わない、コロンの香りがしました。
以前とコロンを変えていないのでしょうか……
あの頃と同じ香りが私を包みました。


ずっと忘れようと。
思い出さないよう、記憶の奥底に沈めた日々を思い出しました。


「……承りました
 いつどこでと、確かなお約束は出来ませんが、可能であれば、連絡を差し上げます」

「ありがとう、シャル
 連絡を待っているから」

(お願いだから、もう二度とシャルなんて呼ばないで!) 

彼はようやく私から離れてくれました。


離れていく彼の背中を目で追うと、私のお母様と同じような年齢のマダムに近づき、何かを囁いていました。

マダムは彼に頷くと、こちらに向き直りました。
そして私を見つめながら、手にした扇を広げて
見せました。

扇の陰の口元が嗤っていることを、敢えて私に
わからせようとしているかのような仕草でした。
あからさまな悪意を見せつけられてゾッとしました。

私には見覚えのない、美しいひとでした。


ノーマン様はそのまま、おひとりで会場を出て
行かれました。


私に会う為だけに、今夜彼は王宮に来たのでしょうか?
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