聖女様と老執事
 
 
 現在クリスティアル王国は、魔物たちが蠢く死の森に囲まれている。
 人々は強大な力を持つ魔物たちに常々脅かされ、年々領土を減らしている。
 黒い影の塊のような魔物は人を喰らう。
 以前小さい魔物を捕らえることに成功した騎士団が実験した結果、魔物は人を食べなくても死なないどころか、飲食の必要すらないことが判明した。
 じゃあなぜ食べるのか。
 食べなくても生き続けられるし、分裂して成長してどんどん数を増やすと騎士団から発表されて、人々は悲嘆に暮れた。
 魔物が住む死の森と呼ばれる鬱蒼と繁る森には、魔物以外の生き物たちが生を謳歌している。魔物たちはそれらを決して食べない。
 人だけを喰らうのだ。
 クリスティアル王国の国教であるリーン教では、神が与えた試練だとか言われている。
 そんな試練を与える神など信仰する意味はあるのだろうか。
 こんな強力な魔物だらけの中、人がどうして生き残っていられるのか。
 
「はあ……」
 
 どんどん森は成長して、森の中には光も入らない。それでも、植物たちは枯れることもなく成長し続けている。
 
「リル様、お疲れ様です。お風呂にしますか? 食事しますか? それとも他にご用命があれば」
 
 今日も私専属の執事が、仕事を終えた私を労ってくれる。
 普通だったらもう引退してもおかしくない年齢の執事は、いつもタイミングよく声を掛けてくれるから本当に重宝している。
 執事なのに、部下もいなくて掃除洗濯料理のような労働はすべて一人でやってくれているのもありがたい。
 
「今日のメニューは何かしら?」
 
「リル様の大好物のルッソのフライと、カバネールとタマテのサラダでございます」
 
「ふふっ、じゃあまずは食事にするわ」
 
 クリスティアル王国を存続させるため、国は教会に命じて聖女を国の四方に置いた。
 聖女なんて偉大な肩書きだが、選ばれて光栄なことなんて何もない。
 人は生まれながらにして、多かれ少なかれ魔法を使うための特別な力、魔力を有する。
 その中でも魔力の多い人は、教会に引き取られて都合よく利用され、適度に繁殖させられて、魔力の多い子孫を残して死ぬ時にはもうボロボロだ。もちろんその子供は生まれながらにして教会の奴隷である。
 貧しい家庭の子供が大抵売られるように教会に連れて来られ、大量の魔力を使って金持ちたちに治癒やら祝福やらを施させられたり、タイミング次第では戦争にも利用される。
 
「んんん! 今日もスピネルの料理は最高よ」
 
 死の森に配置された聖女たちは、魔物が国に入って来ないように教会が作った魔法結界の維持のため、一日八時間は指定の魔法陣の上で魔力を流し込んでいる。
 そんなに魔力を使うと普通は疲弊して寿命を縮める。だから魔力が潤沢な聖女を使用するのだ。どうして女なのかを疑問に思い神官に質問したことがある。曰く、国民は女が自己犠牲の精神で頑張っている姿が好きだからだ、とのことだ。
 あまりに強い結界のため、それを利用し続ける聖女たちは副作用で不老不死に近い身体を手に入れることになった。
 私は十八歳くらいの平凡な田舎娘の風貌のまま歳を重ねた。百を過ぎてからは年齢を数えなくなったから正確な年齢もわからない。
 死の森の中に小さな屋敷を建て、そこから出られないように結界まで貼られ、魔力を結界維持に使わないと身体に激痛が走る呪いまで掛けられた。私は日々国を守るために今日も魔力を注いだ。
 
 私の楽しみは、食事くらいだ。
 執事のスピネルは人間の中ではかなり強い。剣は達者だし魔法も熟練度が高い。
 執事のスピネルが、わざわざ森の外へ買い出しに行ったり、森の動物を仕留めたり、木の実やきのこを採取してきてくれたりして、それをこの極上の料理に仕上げてくれているのだ。
 
 私が嬉しそうに食べているのを見ると、スピネルは目尻に深い皺を寄せながら微笑んでくれている。
 私はそんな彼を見るのが好きだ。
 
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