恋を知らない亡国の姫君は敵国の(大っ嫌いな)王太子に溺愛される。


「あー失敗した。あまりの阿呆らしさにナイフすら抜き忘れるなんて……」
「いや、今までの攻撃で一番効いたぞ……」

 椅子に座りながら落胆しているセリナに、ロックは顎をさすりながらティーカップを差し出した。フルーティな香りのする紅茶に口を付けた後、セリナはホッとひと息吐く。

「ありがとう。美味しいわ」
「そりゃあ良かった」

 これは、とりあえずと彼が淹れてくれたものだ。相変わらず部屋の鍋はクツクツと煮立っており、セリナが「お腹が空いた」と言えばすぐにもてなしてくれるだろう。

 それを横目で見つつ、セリナは本題を切り出す。

「まあ、そういうわけだから今夜はあんたの部屋で過ごさせてもらうわ」
「そういうわけって、おまえ何も説明してないけどな?」

 ロックも的確な返事をしつつ、自分の淹れた紅茶を一口。自分で野菜を煮たり、お茶を淹れたりと、手慣れた様子から本当に王子らしくない王子である。

 そんな芸術品というより野生した花のような王子は、壁にもたれかかりながら聞いてくる。

「刺客が怖いっていうならいくらでも匿ってやるが……おまえことだ。そんな可愛い理由じゃないんだろう?」
「ソンナコトアリマセンワ」
「いつも以上の三文芝居だなーおい」

 自分でも「次あったらぶっ飛ばす」と言ったことは記憶に新しい。呆れ顔のロックの視線から目を逸していると、扉のノック音が響く。

「ロック様。明日のことで少々確認したいことが」

 ――仕事熱心ね。

 セリナもよく聞く彼の近侍の声。「いいか」と聞いてくるロックにセリナが「どうぞ」と答えると、彼は「入れ」と短く命じた。

「はっ、失礼します」

 部屋に入ってきたのは、もう晩餐の時間も過ぎたというのにしっかり軽鎧を身に着けた細身の若い騎士の姿。そんな清潔感溢れる紺の髪を持つ騎士はセリナを見る否や、目を丸くする。

「セ、セリナ姫! と、取り込み中でしたか⁉」
「どいつもこいつも、品のない想像はやめてもらえる?」
「で、ですがお二人は婚約者なので……その……」

 ――食いつくなぁ。

 頭を下げながらも謝罪しない騎士にセリナが腕組をすると、ロックが声をあげて笑った。

「ははっ、こいつも若い男だからな。多少のことは勘弁してやってくれ」
「若いって言っても、わたしやあんたより年上じゃなかったかしら? おいくつでしたっけ?」
「はっ、今年で二十二になりました」

 そこは礼儀正しく答える騎士に「ほら」とロックをジト目で見つつも、会話を続けたのは何となくだった。

「二十二歳というと、シオンさんも婚約とかの話が来ているのでは?」
「え?」
「サンビタリアの適齢期って、カルミアより早い印象だったのだけど?」

 王族だろうが貴族だろうが、男女問わず働いていたカルミアと違い、サンビタリアは貴族階級が激しい。だからこそ、王族と騎士の違いはあれど、ルイス家も名家。ロックよりも年上ならば、そんな話が来ていてもおかしくはない。

 そう判断したセリナの妥当な会話だったのだが、シオンの反応は鈍いものだった。

「……結婚なんて、夢のまた夢ですよ」
「でも、ルイス家の長男よね?」

 それなら当然、世継ぎやなんやの問題があるはず。むしろ婚約の相手は同等以上の相手でなければ等、親がこれでもかと気合を入れて見合いを組んでも不自然ではないだろう。

 ――あ、それで苦労している真っ最中だったり?

 それなら、とても失礼な話題だっただろう。さっさと謝罪して用件を済ましてもらおうと思ったセリナだったが、

「そうですね。そのうち僕にも結婚の話が来るかもしれませんね」

 とても苦しげな愛想笑いに、思わず顔をしかめた時だった。

「それでシオン。確認したいことと言うのは?」

 ロックの毅然とした態度に再び姿勢を正したシオンが、明日の予定と警護の確認をし始める。

 セリナはそれを聞き流しながら紅茶を飲んでいると、ふと絨毯の影が気になった。天井からぶら下がった大きめのランプに、魔法の光が灯っている。なので当然、この場にいる三人の影が絨毯の上に浮かび上がっていた。真上から照らされているので、形は何とも形状しがたい。それでも、セリナの腰まで伸びた髪は頭を動かせば揺れるし、シオンの影は軽鎧を着ているからか、その身体の細さよりも膨らんでいるように見えた。

 ――どうして影なんかが気になるのかしら?

 光あれば影がある。それはひどく当然のこと。

 ――けど【|隠せぬ薔薇(フェイクローズ)】使用中は見た目と影が別になるんだっけ?

 ロックが言うのは、人の目は誤魔化せても、影の形までは変えられない玩具のような代物らしい。

 ――なるほどね。

 下を向き、ひっそりと口角を上げたセリナは、姫らしい笑みを浮かべて声を掛ける。

「ねぇ、シオンさん」
「ど、どうか致しましたか?」

 話していたシオンは驚いたように目を見開いてくる。正直あまり年上の男性とは思えない可愛らしい表情の変化に、セリナはニンマリと微笑んだ。

「今度、あなたのご家族にご挨拶させてもらえないかしら?」
「それでしたら……明日父が婚約式に参列させていただく予定ですが」
「弟さんは?」
「弟は……まだ幼いので。来年の披露宴の時には正式にご挨拶させていただくかと存じます」
「そう……お父様が待望していた子なんですよね? 楽しみだわ」

 和やかに告げると、シオンの表情が曇る。

「失礼ですが、姫様」
「何かしら?」
「弟の話を、姫様にしたことありましたでしょうか?」

 ――そういや、その話を聞いたのは前回だっけ?

 今日をやり直しているなんて話がバレることは、きっと愚策。だけど、セリナの肝が据わっているだけのこと。

「えぇ、聞いたことあるわよ」

 笑みを崩さないセリナに向けられた視線はとても鋭く。

「あぁ、お話の邪魔をして悪かったわね。どうぞ続けて?」

 それでも、セリナはニコニコと応じるのみ。




「で、本当に俺の部屋で夜を過ごすつもりなのか?」
「そのために来たのだけど」

 時刻は九時を回っていた。近侍とはいえ、臣下が主の私室に長居することはない。ましてや、婚約者がいるのだ。いつになくセリナに厳しい視線を向けたシオンが去ったあと、ロックは残っていた紅茶を飲み干した。

「……どういう風の吹き回しだ? わざわざシオンの反感を買うような態度まで取って」
「そうだったかしら?」

 ――はてさて、なんて言いくるめるべきかしら?

 あの近侍への態度は、表向き何かしたわけではない。問題は、彼の質問の前者の方だ。
 下世話な勘違いで組み敷かれてしまうことはお断り。かといって、か弱い姫を演じても疑われるばかり。

 ――だったら、正直に話すという手も……。

 今晩、あなたは誰かに殺される。犯人のおおよその目処は付いたけれど、確証があるわけではない。だから現行犯を捕えるべく、ここに留まらせてはもらえないだろうか?

 ふと考えて、セリナは切り出す。

「……すごく今更の話なんだけど」
「あぁ」
「わたしってあんたのこと嫌いなはずなのよね」

 それに、ロックは何も答えない。嫌がるわけでもなく。茶化すわけでもなく。ただ真っ直ぐに、セリナの言葉の続きを待つ。

 だから、セリナも素直に聞くことが出来た。

「それは、あんたの持つ魔呪具の反作用のせいなのかしら?」

 ロックは一瞬目を見開いて。そして胸元を掴み、視線を落として。

「今日やけに魔呪具に食いつくと思ったら、そのせいか。どこで知ったんだ?」
「どこでも構わないでしょ。それよりも、わたしはあんたがわからない」

 それは、これを知ってからずっと疑問だった。

「死んでもやり直せる……あんたを殺そうとする輩は、決してわたしだけじゃないでしょう。仮にも王族だもの。命を狙われることだってあるはずよ」
「仮じゃなく、本当に王族なんだけどな」

 その軽口は誤魔化したいものだろうと理解する。それでも、セリナは話題を変えてやらない。

「それでも、誰からも愛されないってどういう気持ち? 婚約者は……ともかく、家族からも愛されないのに」
「誰からもってわけじゃないぞ」
「え?」
「正確に言えば『使用者の愛する相手から愛されない』呪いだ。だから、俺が欠片も興味ない令嬢なんかからのお誘いはひっきりなしだ」

 ――あーなるほど。

 少し腑に落ちなかったのだ。多くの令嬢から支持され、その人気は兄王子すらも嫉妬する始末。そんな王子が本当に『誰からも愛されない』という定義に当てはまるのだろうか、と。

 だけど、それを納得したからと言って、質問の答えになったわけではない。

「それって、なんか意味ある?」

 だって、好きでもない人に好かれることに、何の意味があるのかわからなかったから。
 寂しさは埋められるのかもしれない。だけど、そんなものはただの一時凌ぎでしかないのではないか。

 ――まぁ、語れるような経験があるわけじゃないけど。

 それでも浮かんだ、セリナなりの素朴な疑問。それに本気で眉をしかめると、ロックは鼻で笑った。

「そんなだから……俺はほんと、おまえのことが大好きだよ」

 ――この話の流れで告白されましても。

 それなのに、こう見つめてくる時の琥珀の瞳が蕩けているものだから。たとえセリナに『好き』という感情がなくても、恥ずかしくなってしまって。

 ――あーもう! 流されるんじゃないわよ!

 セリナは「ふんっ」と鼻息荒く髪を掻き上げて、ロックを睨んだ。

「とにかくよ! そんな道具ごときにわたしの感情が左右されるなんて許せないのよ! だから明日以降はそんなもの身に付けないで。約束できる⁉︎」
「なんで今日からじゃないんだ?」

 ――そりゃあ、もう今日死んだあんたの姿を三回も見てますからね!

 だけど、それをセリナは言わないのだから、ロックの疑問は至極当然。ならば、セリナの取る選択肢はゴリ押すしかない。

「愛しの婚約者様の言うことが聞けないの⁉︎」

 拳を握った力強い発言に、ロックは吹き出した。

「ははっ、全く……ほんとに俺の婚約者様は……」

 目に浮かんだ涙を拭ったロックはカップを置き、セリナに近づく。そして身構えたセリナを見てもう一度微笑んだ後、その額に口付けした。

「一つだけ聞いていいか?」
「な、何よ?」

 耳元のゾクゾクした感触を堪えてセリナが訊く。そして落とされた声は、想像以上に淡々としていた。

「明日俺が首飾りを手離して、もしおまえが俺のこと好きだったらどうするの?」

 ――それは……。

 もしも、自分が彼に惚れてでもいたら。
 その可能性をこの一日、考えなかったわけではない。でも、そんな『もしも』なんて、明日が来なければ無意味なのだ。

 決まっていることはただ一つ。

「嫌悪しかなかったら、当然あんたのこと殺すわよ。祖国の仇だもの」
「質問の答えになってねぇ」
「そ、そもそも人のこと【ドラりん】なんて呼ぶやつを好きになるわけがないわっ!」
「それは本当に名誉ある可愛い二つ名だと思うんだけどなぁ」

 苦笑した彼が離れる。本当によく笑う王子だ。愛想笑いだったり、大笑いしたり。悲しげに微笑んでみせたり。

「……何よ?」

 見つめてくるロックにセリナが半眼を向ける。すると彼はセリナの後ろに回り、肩を押してきた。

「いや……それじゃあ、部屋まで送るよ」
「はあ? あんた、わたしの話ちゃんと聞いてたの⁉︎」
「おー。全然的を得ない話を全部聞いた上で、明日に備えてお互い早く寝た方がいいかと判断した」
「眠たいならさっさとベッドで寝ていいわよ! わたしは床で寝るから‼︎」
「どこの国に婚約者のお姫様を床に寝かせて、自分はベッドでぬくぬくできる男がいると思うんだ?」
「ここに居ていいわよ! わたしは昔、十日以上野宿させられることだってあるんだから!」
「ははっ、本当に勇者の娘はたくましいなぁ。そんなところも愛してるぜ」

 そんな軽すぎる愛の囁きに批難しつつも、ロックの力は思いの外強く。セリナがどんなに暴れても、その手から逃れることは出来なかった。


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