爪先からムスク、指先からフィトンチッド
 芳香は足の匂いのせいで恋人はおろか友人との深い付き合いもなく孤独に過ごしてきた。嫌われることはなくそれなりに友人関係は築いていたがあっさりとした表面的なもので、深く内面まで入り込むことはなかった。おかげで人間関係でトラブルを起こすことはなかったが少し寂しい。明るく優しい隣の席の立花真菜もそろそろランチを誘ってくれることがなくなるだろう。芳香は次に誘われたら絶対に応じたいと思っていた。

「ねえ。柏木さん、近くにできたオープンカフェでランチしない?」
「えっ、オープンカフェ? えっと、行きます」
「お弁当は?」
「今日は寝坊しちゃって……」
「そうなんだー。なんかそこさあ、ナチュラルフードってやつ? 興味あるんだけど彼氏とかあんまり行きたがらないんだよねえ」
「ああ、男の人はそういうの好きじゃないですよね」
「うんっ、ほんと。玄米とかさあ、黒くてやだとか言っちゃって。炊き込みご飯は食べるくせにさ」
 就職して6年目にして、初めて職場の人間とランチに出かける。弁当を持っていないというのは嘘だ。自分から誘えばよいだけの話だろうが、こういう経験がない芳香には誘うといった行動がとれず、受け身でいるしかなかった。ランチはとても楽しく興奮した。「また来ようね」と立花真菜に言われた時は、嬉しくて舞い上がってしまった。そして薫樹に感謝した。


11 試作と誤算

 ボディシートの試作品が出来上がる。上手くいけばもうほぼ完成だ。
 今回は足を洗わず、シートで拭いたのち、外へ出かけてからマンションに帰り結果をみる。芳香は言われたとおりにシートで足を拭く。
「このシート、無香料なんですか?」
「うん。一応ね。これでうまくいけば柑橘系とフローラル系を作るつもりだ。芳香の場合は匂いがあるから無香料でいいと思う」
「はあ、なるほど。日本人は体臭ないですもんねえ、兵部さんみたく」
「薫樹でいいよ」
「は? はあ」
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