爪先からムスク、指先からフィトンチッド
 スニーカーを履き芳香は一人で外に出た。2時間ほどうろついて帰ってきてほしいということなので久しぶりにデパートに行き、ウィンドウショッピングを楽しむことにする。芳香はシューズショップに行き、可愛いパンプスを眺めた。会社ではヒールの低いパンプスで普段はキャンバス素材のスニーカーだ。必ずソックスを着用しないと匂ってしまう足にはその選択しかない。足元に合わせてファッションも自分の意思に反した地味な森ガールになる。まだ試し履きをする勇気は出なかったが、つやつやしたエナメルのパンプスと編み上げられたロングブーツを履いている姿を想像し悦に入った。
 食品コーナーに行き、たまにはお返しをしようと何か昼食になるようなものを探す。
「えーっと、匂いがきつくないものって何があるかなあ」
 いつもひんやりとした匂いのないものを家で食べる薫樹に、温かいものをと思うがなかなか難しい。彼の家で香るものはホットティーだけだ。結局サンドイッチを買うことにした。

 マンションに戻ると薫樹は待ってましたとばかりに実験室に芳香を連れて行き、ベッドに横たわらせる。ゴム手袋をしている薫樹の手が芳香の靴下を脱がせ、試験紙を張り付かせた。洗ってない足を晒すことにさすがに抵抗を感じたが、真剣な表情の薫樹を見ると我慢しようと思った。
「んんんっ?」
 薫樹の声に芳香は身体を起こし体育座りをする。
「どうかしました?」
 やはり臭いと思われたのだろうか。芳香は羞恥心を覚える。
「うーん。匂いは改善されてる。しかし……」
 匂いの改善にはほっとしたが薫樹は不満そうな表情だ。
「どうかしたんですか?」
「いつもと匂いが違うんだ。これじゃあ普通の足の匂いだ」
「普通っ!」
 何度夢見た言葉だろうか。(普通の足の匂い……)芳香はジーンとして何度も心の中でつぶやく。
「何がダメだったんだろう……」


12 新たな香りの発見

 ゴム手袋を脱ぎ、眼鏡を直しながら芳香の爪先を持ち鼻先を近づける薫樹に芳香は気恥ずかしい思いをしながらも、何かふわっと匂うことに気づく。自分の足の匂いではない。スンスンと鼻を鳴らすと匂いのもとが薫樹の指先だということに気づいた。彼の指先が芳香の足の指をつまんだり揉んだりさすったりする。うっかり睡魔に襲われそうになるが、また違う匂いが漂い始め「あ、いつもの匂いだ」と言う薫樹の声に覚醒した。
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