爪先からムスク、指先からフィトンチッド
「確かにモデルがライバルだと心が折れるよねえ」
「でしょう?」
「でもさ、兵部さんはさあ、今まで誰のことも好きじゃなくって芳香ちゃんが最高だと思ってくれてるんでしょ」
「う、うん。に、匂いがね……」
「ふふっ。そういうの大事だよ?」
「かなあ」
そうだといいなと思いながら芳香はふと思っていた疑問を真菜に投げかける。
「あのね、こんなこと言うと感じ悪いかと思われるかもしれないんだけど……」
「ん? いいよ、言って」
「あ、あの、私と兵部さんがお付き合いしてるって聞いたとき真菜ちゃんどう思った?」
「どうって、うーん、良かったねって思った」
「そうなんだ。あの、兵部さんってさ、モテモテじゃない。そんな人と一般人の私が付き合ってるってさ、周りの人が聞いたらどう思うのかなって……」
「ああ、妬みとかの心配してるのね」
「うん。モデルの野島さんなら兵部さんと付き合ってても納得できるっていうか」
「そうねえ、普通はそうかもしんないね」
「真菜ちゃんってそういう怖いとこないから話せたの」
「ふふっ、どうかなあ? 今の彼氏が居なかったらやっかんでたかもよ?」
「え、そうなの? じゃ、真菜ちゃんの彼氏さんはすっごいカッコイイんだね」
「普通だけどね。ただお互いに満足してるから、他の人のことを妬むことはないかな」
そろそろ結婚が近いだろう真菜は頬を染めとても幸せそうだ。
「芳香ちゃんたちは匂いがぴったりきてるんだと思う。うちもぴったりなんだ」
「へえー。何がぴったりなの」
「ふふっ。芳香ちゃんだけには言っちゃうかな」
一瞬きらりと真菜の瞳が光る。
芳香は興味津々で真菜の話を聞き入った。

8 真菜の秘密・2
――高校2年の夏の事。
夏期講習の帰り道、隣に住んでいる一つ年下の鳥居和也が泣きべそをかきながらサッカーボールを片手に汚れた足でとぼとぼ歩いてくるのが見えた。
「和也、どうしたの?」
泣き顔を見るのが初めてだった。幼いころから、明るく朗らかで更にはリーダーシップも発揮している和也は誰もが屈託も屈折もない好青年になるだろうと思っている。
「足、くじいて……。レギュラー外された」
真菜に気づき、目を腕でゴシゴシ擦ったが間に合っていなかった。
「まだ一年じゃん。元気出しなよ」
「んんっ」
長年サッカーをやり続けてきて、初めての挫折を味わう瞬間だ。普段の明るくまっすぐな表情を知っている真菜は、この泣き顔の幼気な様子に思わずときめいてしまう。いけないと思いつつ、こんな可愛い様子を見ていたいと思った。しかしその時はそれ以上何もすることはなく立ち去った。

この時に付き合っていた彼氏に真菜は不満を持っていた。俺様なのだ。真菜は外見が柔らかい雰囲気で顔立ちもぼんやりとしているせいか、従順にみられることが多く、交際を申し込んでくる男はいつも俺様タイプだ。
公園のベンチで二人座りながら話しているときだった。
「お前、もっとスカート履けよ」
「え、なんで」
真菜はジーンズが好きで制服以外の私服はほぼパンツスタイルだ。学校の制服と私服のギャップがあるせいか付き合うとまず言われるのが服のことだ。
毎度のことだと思いながらそろそろ我慢の限界を感じる。
男たちはいつもそうだ。スカートを履け、髪をもっと伸ばせ。
「ちっ、鬱陶しいな」
「え? なんか言ったか?」
「ううんーなにもー」
ムカムカし始めた真菜は足元に落ちていた小枝を拾い、ベンチの後ろの隙間のから彼氏の尻に枝を差してやる。
「いってええっっ! なんだっ! なんだ?」
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