爪先からムスク、指先からフィトンチッド
腕を出すと環はすがりつくように腕を組み、軽く足を引きずってゆるゆる歩く。
若いドアマンの「おかえりなさいませ」との第一声を始め、部屋に着くまでに何人ものスタッフに声を掛けられ、その度に環は「ただいま」と言い尋ねられる足のことを答えた。
全てのスタッフを無視することのない環に感心しながら涼介はどんどん印象が変わっていくのを感じる。
部屋に入るとスーパーモデルという存在とは無縁の小さな簡素な部屋だった。
「ありがとう。どうぞ、そこへ。今お茶を頼むわ」
「あ、いや。お構いなく。足、痛む?」
「いえ、もう、ほとんど痛くない」
「そっか、よかった。しかしシンプルな住まいだねえ。もっと贅沢してても良さそうなのに。ドレスがバンバン飾られててさー、なんかごちゃごちゃアクセサリーがあって、化粧品臭いかと思ってたよ」
「くふっ」
初めて環が笑う。思わずそのあどけない笑顔に涼介は見入ってしまった。
「私、服とアクセはあんまりないの。靴だけはいっぱいあるけど」
「ああ、そうなんだ。君の足小さいからシューズなかなかないでしょ」
見ないようにしていた環の足を見てしまう。
「そうね」
「綺麗な……靴だ。可愛い足だ……」
「ありがとう。ジャンもよく言ってたわ」
「そ、そうか」
ジャンの名前が出たことで涼介は本来の目的を思い出す。
「あ、あのちょっと聞いておきたいんだが、環さんは兵部さんとどうしたいのかな?」
「どうって?」
「うーん。彼には今恋人がいてね。なんていうか環さんがそのー、なんていうか」
「私が薫樹を奪うと思ってるの?」
はっきりという環に涼介は言葉を濁す。
「ジャンと私の関係を知ってるから、そう思うの? それともそういう女に見えるの?」
「いや……。そんな風にはとても見えない。なんていうか思いたくないんだ」
「あなたっていい人なのね。育ちがいいのかしら。あまり人に悪意を持たないのね」
「さあ、どうだろうか……」
涼介は狭い部屋で環とその香りに圧迫され息苦しさとめまい、そして喉の渇きを感じる。
「ねえ。私のとこどんな女だと思う?」
「どんなって……。最初は素っ気なくて高慢そうだと思ったが……今は……無防備で、あどけなくて、少女のようだ」
「少女……。ジャンはよく私をプリンセスって呼んでいたわ」
「そうか……。そろそろ帰るよ」
ソファーから立ち上がろうとする涼介の前に環は立ちはだかる。
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