爪先からムスク、指先からフィトンチッド
有名なセーヌ川を眺めながら、自分はどこにも行くところはないと環は冷たい指先をこすり合わせる。
何度もオーディションに落ちて気持ちは沈んでいるが、まだまだ環は頑張るつもりでいた。
悩んでもいてもしょうがないと思い、ウォーキングの練習を始める。靴を痛めてはいけないと思い、彼女は裸足で冷たい道を気取って優雅に歩いていた。
そこを通りがかったのがジャン・モロウと妻のマリーだった。
「ねえ、ジャン、その靴見て頂戴」
「ああ、娘のクロエのものと全く同じだ――サイズも34だ」
「どこかに子供がいるのかしら?」
グレーのつばの広い帽子を脱いでマリーはきょろきょろとあたりを見渡す。その間、ジャンは小さな赤いダブルストラップのフラットシューズを手に取り、ふわっと香る匂いを嗅いでいた。
向きを変えて歩く環が自分の靴をまえに二人の夫婦が話しているのを見かけ慌てて駆け寄る。
「あ、あの、ムッシュウ、マダム。それ、私の靴です」
ジャンとマリーは振り返って大柄な東洋人に目を見張る。
「ん? マドモアゼル、君のなのか」
「あ、はい」
片言のフランス語と混じった英語で足をもじもじさせながら環は答える。
マリーは目を細めて赤い靴を見る。
「この靴はもう販売されてないはずなのに……」
環は日本から履いてきた靴がボロボロでパリで買い替える際に、出来れば安くて丈夫なものをと店主に頼んだ。店に入ってきた大きな東洋人に店主はからかい半分で「4足買っても足りないんじゃないか?」と笑ったが、環は自分の足を指さし「大人のだと1足でも余ってしまう」と返す。店主は「こりゃあ参った」と薄くなった髪を撫で、店の奥からこのシューズを出してきた。
「ああ、フィリップの店に行ったのか」
「クロエの靴はいつもあそこで買ったわね」
二人のしんみりした様子に環は首をかしげて見守った。
ジャンはグレーのジャケットを直して、マリーの肩を抱き、環に話す。
「実は娘が亡くなって10年なんだ。今日が命日でね。最後に――事故に会った時に履いていた靴が、それと同じものなんだよ」
マリーもジャンとお揃いのグレーのシックなワンピースを着て、目元を白いハンカチで拭う。
「そうですか……」
「君はここで何をしているんだね?」
環はしんみりとした二人に自分はモデルになるべく日本からパリに着てオーディションを受けている最中だと説明した。
何度もオーディションに落ちて気持ちは沈んでいるが、まだまだ環は頑張るつもりでいた。
悩んでもいてもしょうがないと思い、ウォーキングの練習を始める。靴を痛めてはいけないと思い、彼女は裸足で冷たい道を気取って優雅に歩いていた。
そこを通りがかったのがジャン・モロウと妻のマリーだった。
「ねえ、ジャン、その靴見て頂戴」
「ああ、娘のクロエのものと全く同じだ――サイズも34だ」
「どこかに子供がいるのかしら?」
グレーのつばの広い帽子を脱いでマリーはきょろきょろとあたりを見渡す。その間、ジャンは小さな赤いダブルストラップのフラットシューズを手に取り、ふわっと香る匂いを嗅いでいた。
向きを変えて歩く環が自分の靴をまえに二人の夫婦が話しているのを見かけ慌てて駆け寄る。
「あ、あの、ムッシュウ、マダム。それ、私の靴です」
ジャンとマリーは振り返って大柄な東洋人に目を見張る。
「ん? マドモアゼル、君のなのか」
「あ、はい」
片言のフランス語と混じった英語で足をもじもじさせながら環は答える。
マリーは目を細めて赤い靴を見る。
「この靴はもう販売されてないはずなのに……」
環は日本から履いてきた靴がボロボロでパリで買い替える際に、出来れば安くて丈夫なものをと店主に頼んだ。店に入ってきた大きな東洋人に店主はからかい半分で「4足買っても足りないんじゃないか?」と笑ったが、環は自分の足を指さし「大人のだと1足でも余ってしまう」と返す。店主は「こりゃあ参った」と薄くなった髪を撫で、店の奥からこのシューズを出してきた。
「ああ、フィリップの店に行ったのか」
「クロエの靴はいつもあそこで買ったわね」
二人のしんみりした様子に環は首をかしげて見守った。
ジャンはグレーのジャケットを直して、マリーの肩を抱き、環に話す。
「実は娘が亡くなって10年なんだ。今日が命日でね。最後に――事故に会った時に履いていた靴が、それと同じものなんだよ」
マリーもジャンとお揃いのグレーのシックなワンピースを着て、目元を白いハンカチで拭う。
「そうですか……」
「君はここで何をしているんだね?」
環はしんみりとした二人に自分はモデルになるべく日本からパリに着てオーディションを受けている最中だと説明した。