爪先からムスク、指先からフィトンチッド
これから環を涼介の家に連れて行くのだ。3日前にホテルに電話をし、環に自分の家に招待したいと告げるとすぐに了承を得た。
町を抜け車は山奥へと向かう。
「こんなところに家があるの?」
「うん、もう少しで着くよ」
もう辺りは見渡す限り林しかない。林道を駆け上がると少しだけ整地された場所があり車が止められる。
涼介は助手席のドアを開け、環の手を取り降ろす。そのまま手を引きうっそうと茂るシダ植物をかき分けるとまた一面、グリーンに拓けた場所に出た。
「まあっ!」
広いミントガーデンだ。一陣の風が吹き、環と涼介をミントの香りで包み込む。
「なんて気持ちのいいところかしら」
目を閉じて風と香りを感じる環は伸びやかな新芽のようだ。ミントだらけのようだがきちんと区分けしてあるようで、何種類ものミントがそれぞれの場所に植わっている。
ひざ丈くらいのミント群を眺め、小道を歩くと、柔らかい芝生のひかれた東屋につき、木のベンチに腰かけた。
「疲れた?」
「いいえ。ここは素敵だわ」
「もう少し奥に家がある。ここは僕が煮詰まって、リセットしにくる場所なんだ」
「へえ。あなたでも煮詰まることがあるのね」
「そりゃ、あるよ。家に入る前にちょっとミントを摘むから待ってて」
涼介は近くのオレンジミントを摘み、開花しているスペアミントの花を手折る。そしてその花を環の耳にそっと差す。
「君はゴージャスなものもよく似合うが、こんな可憐なものもよく似合うね」
環はこぼれるような微笑みを涼介に向ける。
「さあ、いこう。これでミントティーを淹れるから」

ミントの道を抜け涼介のレンガ造りの小さな家の前に立つ。カフェ『ミンテ』とよく似ていて、とても可愛らしい建物だ。
「ああ、客用のがなかったな。俺の履いて」
涼介は自分のスリッパを指さすと、環は小さなスニーカーを脱ぎ、そのスリッパを履いたが、子供が大人の靴を履いてぶかぶか歩くような姿になる。
「あちゃー、大きすぎるな」
「そうね」
小さな足で大きな履物を履いた姿に涼介は思わずキュンとなってしまう。
「ルームシューズはなくても平気」
「ん、今度君のを用意することにしよう」
キッチンはアイランド型で小さいが開放感があり、こざっぱりとして清潔だ。
「そこ座ってて」
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