爪先からムスク、指先からフィトンチッド
――施設では衣服のおさがりは多く困らなかったが、靴は不足していた。運動量の多い子供たちの履き古す靴は、洋服のおさがりの並みでなく汚れ、破れ、履けるものではない。新品の靴を買ってもらうことがあることにはあるがサイズが上がればすぐ買ってもらえるわけでもない。
環は中学入学のために買ってもらった黒の革靴を大事に履いた。サイズが上がるとボロボロの靴に変わってしまうのが嫌で、きつくても我慢して履き続けていた。

「まるで、纏足じゃないか」
「そうね、そのせいであんまりスポーツも得意じゃなかったのよね」
「しかし、スーパーモデルともなると違うね。自分は平凡だなあと思うよ」
「あなたって不思議ね。私の話に同情しないのね」
「うーん。可哀想な目に合っている最中に出会っていたらそう思うかもしれないね。でも、もうそれを乗り越えて目の前にいる君が素敵だと思うだけだ」
「ありがとう。そういわれると楽だわ」
「ははっ、まあ、誰だって辛い思いも苦しい思いもして生きてきてるんだしね」
「あなたの話も聞かせて。どうしてこの世界に? ミントがずっと好きなの?」
「そうだなあ。ミントはうちの母が庭に植えていたんだ。最初からそれが好きだったわけじゃないんだが」

――涼介には上に兄と姉がいて下に弟と妹がいる。幼いころから中途半端な位置で、両親から溺愛されたこともなければ、厳しくされたこともない。ある夏、母親の趣味で植えていたハーブ類の中でミントが暴走し庭一面を覆いつくす。どうやら『ミントテロ』と呼ばれるもので繁殖力の強いミントは、他のハーブを遮り雑草化し、庭がただの草むらになったことがある。
それを家族中で必死に抜き、整地し直した。その後二度とミントは植えられなかった。
家庭でも学校でも特に目立つことのなかった少年、涼介にはそのミントの強さが衝撃的だった。
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