大嫌いの先にあるもの【番外編】
「春音ちゃん、何か飲み物買って来ようか?」
美香ちゃんの隣に座っていた黒須がスマホを取り出しながら言った。

春音ちゃんか。
やっぱり距離があるな。

黒須には春音って呼ばれたい。

「大丈夫です」
「本当に?」
「はい。何も欲しくありません」
「そう。じゃあ僕はこれで失礼するよ。ゆっくり休むんだよ」
黒須と美香ちゃんが同時に立ち上がる。

ベッドから離れた二人が病室の出入口付近でこそこそと何か話すのが聞こえた。美香ちゃんの控えめな笑い声もする。何話してるんだろう。

なんか胸の中がざわざわする。
夫婦なんだから私に聞かせられない話があるのは当たり前だけど、胸が痛い。

「春音、おばあちゃんには連絡してあるから心配しないでね。明日来るって」
ベッドの側に戻って来た美香ちゃんが言った。

「私、今夜入院するの?」
「一晩だけね。お医者さんがそうした方がいいってさっき言ってたの聞いてなかった?」
お医者さんらしき人が来た事はわかったけど、全然話を聞いてなかった。

「美香ちゃんも帰るの?」
「おばあちゃんが来るまで春音に付き添ってるから安心して」
「美香ちゃん、明日ニューヨークに帰るんじゃないの?」
「圭介が私だけ残ればって言ってくれたからもう少しいようかなって思ってる所」
「黒須じゃなくて、圭介さんは明日ニューヨークに帰るの?」
「そうだけど」
胸が苦しい。今、黒須と離れたくない。このまま離れてしまったらもう恋人の黒須に会えない気がする。

「私、行かないと」
点滴を抜いてベッドから立ち上がった。

「何してるの。勝手に点滴抜いて」
「行かないと」
足元にあった黒のローファーを履いて病室を飛び出した。
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