大嫌いの先にあるもの【番外編】
無我夢中で廊下を走った。

黒須に会いたい。

今の私は黒須にとって美香ちゃんの妹でしかないけど。
恋人の黒須はこの世界にいないってわかっているけど。

それでも会いたい。

明日いなくなるなんて嫌だ。

「黒須!」
自販機の前に立つ長身の背中を見つけた。

「春音ちゃん?」
スマホを耳にあてたままの黒須がこっちを向く。
黒須の左手を掴んで走った。

「春音ちゃん、どこに行くの?」
困惑した黒須の声がする。
自分でもどこに向かってるのかわからない。ただ黒須と二人だけになりたい。廊下にいたらきっと美香ちゃんが探しに来る。

あっ、階段。
エレベーター脇に階段がある。

「こっち」
黒須を引っ張って階段を上る。
上まで行こう。美香ちゃんが来ない場所に行こう。

黒須と二人きりになりたい。
美香ちゃんと一緒にいる黒須を見たくない。

病室で美香ちゃんと黒須が話しているのを見て嫉妬で胸が張り裂けそうになった。二人が夫婦だってわかっているけど、私以外の人を大切そうに見ないで欲しい。

なんて私は嫉妬深いんだろう。
黒須は元々は美香ちゃんの旦那さんなのに……。

目の前の灰色の階段が滲んで見えた。
堪えていた感情の塊が喉の奥から込み上がってくる。

「春音ちゃん、泣いてるの?」
頷くと、呆れたようにつくため息が聞こえた。
きっと、あまりにも自分勝手な私にうんざりしてるんだ。

黒須に失望されちゃった。

指で涙を拭おうとした時、水色のハンカチが目の前にあった。
黒須がハンカチで私の涙を拭いてくれる。ハンカチからは黒須が使っているコロンの匂いがした。

「これでもう大丈夫」
黒須が私の顔を覗き込んで優しく笑った。
その笑顔に胸がキュンとする。
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