大嫌いの先にあるもの【番外編】
黒須に連れて来られたのはバーがあるホテルの客室。
部屋は寝室とリビングが別れているスィートルームで広かったけど、リビングを見て苦笑いが浮かんだ。

床の上にも、エル字型の白いソファの上にも、キャラメル色のテーブルの上にも書類と本が山積みで、引っ越しの最中みたい。

昨日今日の宿泊ではここまでにはならない。
黒須は一体どれくらいこの部屋に泊まっているんだろうか。

「適当に座ってと言いたいが、本が邪魔か」
黒須がソファの上の本と書類を片付けはじめる。

「いつからここで暮らしてるの?」
「一ヶ月ぐらい前からかな」
「美香ちゃんとケンカでもしたの?」
「ケンカなんてしてないよ。本の執筆に集中したくてね。実は締め切りがギリギリなんだ」
「家だと集中できないからホテル暮らしって事?」
「そんな所だ。ここに座りなさい」
黒須が片付けたソファのスペースを指した。

「デートがあるって言ったでしょ」
「キャンセルだと言っただろ」
「なんで黒須の言う事聞かなきゃいけないの?」
「兄だから」
「そんなの横暴だよ」
「横暴でけっこう。僕は春音の兄だし、先生でもあるからな。単位が欲しかったら先生の言う事は聞いた方がいいぞ」
「それって職権乱用なんじゃないの?」
「春音こそ大学での僕の呼び出しを無視しただろ」
「お説教されにわざわざ行くと思う?そんなに暇じゃないの」
「昔は素直な子だったのにな。どこで変わってしまったのか」
「今も素直ないい子だよ」
「どの口が言ってるんだ。全く。今夜こそは逃がさないからな」
「一晩中お説教するの?」
「それもいいが、春音に聞きたい事があってな」
質問される事に緊張して、指先が僅かに震える。

まさか私の気持ちに気づいているの?
そんな訳ないよね。この恋心は絶対に隠さなきゃ。
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