双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
〝私をたくさん愛してくれて〟ありがとう。
 さようなら、〝きっとずっと忘れないよ〟。
〝どうかお元気で、幸せに〟――。
 独りよがりの勝手な考えだとあの頃からもうわかっていた。逃げる私は卑怯だと。
 当時の私は怖いもの知らずで、大抵のことなら正面からぶつかるそんな性格だったと思う。
 だけど、初めて正面切ってぶつかっていくのが怖かった。
 彼の存在があまりに大きくなりすぎて。
 だから私は自分を守るためだけに、狡い選択をしたのだ。彼からなにか言われる前に。自らのタイミングで離れたほうがダメージが少ないと判断して。
 ――『春奈は本当に素直だな』
 以前、彼はそんなふうに私に微笑みかけてくれた。
 うれしかったのに。私は一番ひどい形で彼を裏切ってしまった。
 全部私なりに理解している。それでも私は、次に彼と会う時にも素直にはなれない。そして、最後にもう一度だけ一世一代の嘘をつく。
 どれだけ恋い焦がれても、手を伸ばしたくなっても、感情を押し殺す。
 すべてが終わるまでは。

 その後、海斗を介して連絡を数回取ってもらい、約束は翌週の日曜日の夜となった。
 仕事と育児に追われる日々はただでさえ時間が過ぎるのを早く感じるというのに、今週はこれまでの比じゃなかった。
 覚悟を決めたはずが、毎日カレンダーを見ては心が揺らいだ。会いたいけれど会いたくない、そんなジレンマが私を情緒不安定にさせる。
 そして、ついに当日。
 私はここ数年着る機会のなかったよそ行きのワンピースに袖を通し、スタンドミラーの前で入念にチェックをしていた。
 そこにノックの音がして、襖を振り返り「はい」と答える。
 顔を覗かせたのは海斗。
 海斗は敷居に繋がる柱に背中を預け、腕を組みながらこちらを一瞥する。
「準備は万端そうだな。にしても、待ち合わせ場所が横浜にあるホテルの中で最高級のハイクラスホテルのレストランって、やっぱりすげえな」
「うん」
 海斗ひとりでここへ来たということは、子どもたちは一階のリビングで両親といるのだろう。
 私は「ふー」と長い息を吐いた。
「緊張してる? それってどっちの? 場所? 人?」
 海斗に聞かれ、ジトッとした目を向けて答える。
「両方に決まってるでしょ」
「だな。ほら。そろそろ出る時間だろ。子どもたちに気づかれないように静かに行けよ」
 海斗がいてくれて心強い。
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