秘め事は社長室で
事の起こりは、相談役も社長も、私の予定もない、珍しく静かな午後に掛かってきた、一本の電話だった。
「はい、天音です」
『あっ、受付です。お疲れ様です。あの、天音さんにお客様がいらっしゃっていて……』
「え? でも今日は、特にアポは入ってなかったはず……」
まさか私が忘れてる? ヒヤリとしながら慌ててスケジュールを確認しようとした私の耳に『違くて……!』とどこか困惑したような声が重なる。
『あの、天音さん宛で……』
「へ?」
私宛に来客なんて、滅多にない。アポ無しなんて尚更で、秘書経由の売り込み訪問であれば、優秀な受付嬢のお姉さんたちが断りを入れてくれていることが常だった。
だけどそれが出来ないということは、一概にセールスとは言いきれないお客様、ということだ。
「会社名とお名前は?」
『それが、名刺は忘れたらしく、名前は苗字しか仰って下さらないんです。佐藤様、と。会社名も何故か口にして下さらなくて。天音桃さんに用があるので呼んでくれ、の一点張りで』
「ええ……」
怪しい。あまりにも怪しすぎる。でも相手は私の名前をフルネームで知っている。
佐藤、だけじゃ面識があるのかないのか、それを予測することすら難しかった。
『やっぱり変ですよね。お帰りいただきましょうか』
「んん……素直に帰ってくれそうな感じですか?」
『…………いえ』
ですよね。
電話口から聞こえてきた暗い声に苦笑する。
「わかりました、対応します。どこか空いている応接に通しておいていただけますか」
『承知いたしました。……大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ。何かあったら全力で逃げます」