秘め事は社長室で


俯いていた顔がゆっくりと上がり、私を映したのは、虚ろな瞳だった。


「ッ、」


ギョッとして、一歩後ずさってしまう。
よく見ると顔色も悪く、なんだか前よりも痩せている気がした。


「桃が、連絡を返してくれないから」
「え?」
「何度も連絡したのに……」
「あー……」


私は、別れた男の痕跡はきっちりかっちり消すタイプの人間だった。友達に戻るなんてとんでもない。写真も、貰い物も、連絡先も、全部。消したり、捨てたり、ブロックしたり、着拒したり。
躊躇いなく全てを消して、リセットする。

だからもし、彼が私と連絡を取ろうとしていたのなら、それは確かに苦労しただろう。


「ごめん。でも、連絡取る必要も無いよね」
「俺は……!」
「別れたよね? 私たち」


健の言葉を遮り、有無を言わせまいと首を傾げる。
ああ、なんだか別れ話をした時のことを思い出してきちゃった。確か、結構苦労したんだったよなあ。


「桃、俺、桃じゃなきゃダメなんだよ。頼む……」
「……無理だよ。ねえ、もう帰りな? 私も仕事に戻らないと……」
「あの男か!?」


ガタン!

次の瞬間、健が椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がり、身を乗り上げて私の肩を掴む。応接室はさほど広くなく、机を挟んでも優に手の届く距離だったことが仇となった。


「ちょっと、離して」


爪が食い込むほど強く掴まれて痛い。
そっと手を重ねて訴えるも、健はまるで聞く気が無かった。それどころか、ガチガチと歯を鳴らしながら震えている。明らかな異常行動だ。


「あ、あ、あの男だろ。あの男がお前を……」
「いてて……ちょっと待ってよ、あの男って誰のこと」
「最近よく一緒に帰ってる男だよ!! ねえ桃、あれは誰……?」

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