秘め事は社長室で


「ッ!!」


振り向いて、叫ぼうとした。でも、もう遅くて。


「静かにね」


昏い瞳で笑う男のかさついた手が、暴れる私の口を咎めるように塞ぐ。そのままもう一方の手でドアノブを回されて、指の隙間から漏れた僅かな悲鳴は、夜の静寂に吸い込まれていった。


「ぃっ……」


廊下と三和土の段差に踵を引っ掛けて、後ろから倒れこむ。頭を強かに打ち付けて顔を歪めながらも体を起こそうとして、しかし、頭から爪先まで真っ黒な男がそれよりも先に馬乗りになる。容赦なく腹部に体重を掛けられて、潰れた蛙みたいな声が出た。

不気味な笑みでこちらを見下ろす男の背後で月明かりが徐々に細まり、やがて重たい音を立ててドアが閉じる。まるで、地獄の始まりを告げるみたいに。


「叫ばないでね。あんまり酷いこと、したくないから」


言いながら、そっと手が離れていく。目の前の男を呼ぶ声は、ぐつぐつと怒りの煮詰まったそれになった。


「健……!」


健はにこりと笑うと、恐怖と激憤に身を固くする私の額にキスをする。そのまま、荒れた唇が頬をなぞりながら降りてきて、弾かれたように顔を背けた。


「や……っ」


気持ち悪い。気持ち悪い……!

私の反応に、健が不服そうにしながらも顔を離す。その隙にサッと視線を巡らせた。
玄関ドアは閉じてしまったけれど、完全な防音というわけではない。ここで思い切り叫んだら、誰かしら異常に気付いて駆けつけてくれるかも。

そう思い、大きく息を吸い込んだ瞬間。


「駄目だって」

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