秘め事は社長室で


世界中の恨みや憎しみをかき集めたような。血の涙を流すような。怨嗟渦巻く、そんな唸り声だった。

殺される。それは確信だった。頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。
意識の遠くで、何やら物音がする。健が暴れているんだろうか。考えるだけで具合が悪くなりそうで、すぐに意識の外に追いやってしまう。いまは、たすけを。

落としてしまったスマートフォンを拾う。瞬間、リビングに繋がるドアが開く音がやけに鮮明に届いた。

ひゅ、と喉の奥が鳴る。とてもドアの方は向けなくて、でも。


「天音!」


聞こえてきた声が信じられなくて耳を疑う。
脳裏に浮かぶのは、着信履歴の数々、その表示名。そんなわけない。幻聴に決まってる。

固まる私に、静かに近づく足音。
視界に映った足は、健のものではなかった。


「天音」


もう一度、さっき想像していたよりもはるかに優しい声で呼ばれてやっと顔を上げる。
こちらを見つめるのは、痛みを堪えるようなひどく気遣わしげな瞳だった。


「社長……?」
「大丈夫……ではないよな。すぐに警察と救急車が来るから、安心しろ」


ばさりと社長が着ていたスーツの上着を肩に掛けられる。きりりと爽やかな香水の匂いに心が緩んで、ほんの少し額に汗を浮かべる社長をぼんやり見上げてから、すぐに我に返った。


「ていうか、なんでここに……!?」
「後で説明する」
「健は!?」


叫ぶと、柳眉が不愉快そうに顰められる。


「廊下に居た男のことなら気絶させてある」
「きぜ……!?」


なんて無謀な。相手は私の反撃で混乱していたとはいえ、凶器を所持していた男だ。
私に合わせて屈んでくれていた社長の肩を咄嗟に掴んで、その玉のような肌をつぶさに観察してしまう。

< 59 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop