秘め事は社長室で
そう。あの時の私は冷静じゃなかった。
今日はこのまま家に来い。――そう言った社長の言葉に頷いてしまった、私は。
「……さすがにこのまま、一人であの家に帰すのは気が引ける」
そう零した社長の言葉が、全ての真意だろう。
なんだかんだで優しいところもあるこの人は、私に気を遣って声を掛けてくれたに違いない。実際私も、あの家に戻ってぐっすり眠れる気はしなくて、どっと襲ってきた疲労感も相まって頷いてしまったのだけど、でも、でもさ?
「入れ。家の中のものは好きに使って構わない」
いつの間にか停止したエレベーターの先、上品なシルバーの扉を開けて、社長が手招く。
ここは社長のご自宅。
小一時間前の自分を叱ってやりたい。
どう考えても社長と二人きりの方が落ち着かないでしょうが!! と。
「とりあえず風呂入ってこい。湯もすぐ沸く」
「えっ!?」
大理石張りの美しい床に気を取られていると、前を歩く社長が振り向いて足を止める。
社長は、壁に設置されたパネルをなにやらポチポチと操作していた。
「いやいや、家主を差し置いて入るわけにはいかないので社長がお先にどうぞ」
「いいから。浴室こっちな」
「いやいやいや」
全然話聞いてくれない。
すたすた歩いて行ってしまう社長を、私は諦めず追いすがった。
「あ、あのほら、私、何も準備してきてないですし! 先にコンビニ行ってくるんで!」
「コンシェルジュに頼んどくから。大体、こんな時間に一人で外に出せるか」
「いやでも!」
「なあ」
くるり。振り向いた社長が、すぐそばの壁に肘を突く。社長の大きな影が降ってきて、息を呑んだ。