密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
店長とは入社してから五年の付き合いで親しかったし、他店舗も顔見知りの方が多くアットホームな職場だった。

けれども、酔った店長を介抱したり、帰る方向が同じだからって一緒にタクシーに乗るのは誤解を招く行為だったかもしれない。

私は飲み会ではもっぱらソフトドリンクなので、そういう役回りになるのはいつものことだったのだけど、あまり顔を合わせない他店舗のスタッフには不倫を疑われるものだった。

奥さんの耳に入る頃には噂に尾ひれが付いて、私が交流会の後、店長とホテルに行ったことになっていた。

「そうですか」

君塚先生はなにかを考えるような表情でうなずいた。

「仕事も家族も失って、私にはもうなにも残っていません」

ああ、だめだ。
再び涙がこみ上げてくる。

生きていてももう意味がないんじゃないかとか、後ろ向きな考えばかりが頭に浮かんで、情けなくて心もとなくて泣けてきた。

「ふっ……ひっ、く……」

張り詰めていたものがぷつりと切れたように、涙が汲めども尽きない。
こんなに飽きもせず泣かれては、君塚先生もさぞ困惑しているだろう。

そんな私の予想は、思ってもみない形で裏切られた。
腰を屈めた君塚先生が、私の頬に流れる涙を指先でそっと掬ったのだ。

「きみは、もっと誰かに甘えるべきだ」

言いながら、君塚先生は座る私の頭をそっと自身の胸もとに抱き寄せる。
アルコールのせいで意識が朦朧とするなか、鼓動がどくんと強くなった。

温かい……。

人のぬくもりを感じるのはいつぶりだろう。ずっと浸っていたくなる。
頭をポンポンと心地よいリズムでなでられて、胸がきゅんとすくんだ。
< 12 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop