円満夫婦ではなかったので
「前に話したと思うけど、夫は口うるさいことは言わない人だけど、離婚は出来ないの。瑞記が私を想って離婚したとしても、応えられないんだよ」

「……分かってるよ。それでも妻とはもうやっていけない。妻だって離婚したいと思ってるんだから、別れた方が喜ぶはずだ」

「それでも別れないで!」

希咲は驚く程真剣な目で瑞記を見つめる。

「希咲?」

「私が瑞記と長い時間を過ごしても何も言われないのは、瑞記が既婚者だからなの。だからもし瑞記が離婚したら、夫が仕事を辞めるように言うかもしれない」

「え……」

(希咲が仕事をやめる? そんなの駄目だ)

「こうやって自由に外泊できるのは瑞記が既婚者で心配要らないと思ってるから。離婚したら夫が邪魔して二度と会えなくなるかもしれない。瑞記はそんなことになっていいの?」

「駄目に決まってる!」

(くそ、希咲が結婚していなかったら)

彼女の夫である名木沢清隆の人格は知らないが、社会的立場と経済力から、その気になったら自分と希咲を引き離すのは容易いはずだ。

(名木沢清隆……自分こそいつも希咲を放って好き勝手にやってるのに、なんて勝手なんだ)

怒りがこみ上げるが、今は何も打つ手がない。

「瑞記、考え直してくれる?」

希咲の願いに、不本意ながらも頷いた。

「分かった。しばらくは園香と離婚しないよ」

「よかった。安心したよ。それから私たちの関係は絶対に誰にも知られたら駄目。ふたりの秘密だから」
「ああ、分かった」

胸を押さえて微笑む希咲は、心から安堵しているように見えた。

(そんなに不安だったのか)

彼女の夫には不満が募るが、希咲が珍しく動揺したのは、瑞記との別れを恐れたから。

(僕も彼女の気持に応えないといけない)

瑞記は自分を気持を曲げてでも、希咲との関係を守ろうと決意した。
< 83 / 170 >

この作品をシェア

pagetop