ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
「……貴志、さん?」
後部座席の窓が開き、不満そうに眉を寄せた美貌が覗いていた。
「そんなことだろうと思った。早く会社を出てきて正解だったな。こんな雨が降りそうな日くらい、青葉屋じゃなくてもいいだろう」
聞き慣れたお小言に安堵が押し寄せて泣きそうになってしまい、こみ上げてきたものをぐっと飲み込んだ。
「だって……、全然、お値段が違うんですもん」
掠れた声を何度か咳払いして元に直し、なんとか言葉を返す。
「だから金は気にするなって……まぁいいや。ほら乗って。あと少しだけどな」
「はい」
疲れ切っていた私は、内側からドアを開けてもらい、貴志さんの隣へ崩れるように滑り込んだ。
足元にマイバックをおき、運転手さんに「お疲れ様です」と挨拶していると、隣から不思議そうな顔が見てくる。
「どうしてそんなに息が上がってるんだ? 全力疾走でもしたみたいだぞ」
「え、っと……」
す、鋭い! さすが貴志さん。
私は急いで言い訳を探す。
「じ、実は、ほら、紫陽花が綺麗じゃないですか今。で、見惚れてたら、知らない道に出ちゃって。貴志さんが帰ってくる前に帰らなきゃって、焦って走り回っちゃったんです」
「別に、少しくらい夕食が遅れたところで文句言わないのに」
「……で、ですよねえ」
額に浮いた汗を拭いつつ、なんとか笑顔らしきものを浮かべた私をまだ微妙な表情で眺めていた貴志さんだったが、特にそれ以上は追及されることもなかった。信じてもらえたようだ。
危ない危ない……。
滑り出した車のシートに深く身体を沈めて、私は大きく息を吐きだした。