ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
こんな駆け引きめいた方法は、未だかつてどんな女性にも使ったことはない。
何をやってるんだと若干自分でも引いてしまうくらいだ。さっさと酒でも飲ませて押し倒してしまえと何度も悪魔が囁いた。そしてそのたびに初日の彼女の涙を思い出し、なんとか耐えた。
幸い、目論見通り確実に2人の距離は近づき、織江の笑顔も増えていく。
もちろん嬉しかった。ただ――……それだけ彼女の変化に敏感になっていたからだろう。彼女が時折憂い顔を見せることにも、オレは気づいていた。
――何か、あった?
――……なにも、ない、ですよ?
明らかに何かを隠そうとしている彼女に、不満が募った。
そしてあの日。
――どうしてそんなに息が上がってるんだ? 全力疾走でもしたみたいだぞ。
――じ、実は、ほら、紫陽花が綺麗じゃないですか今。で、見惚れてたら、知らない道に出ちゃって。貴志さんが帰ってくる前に帰らなきゃって、焦って走り回っちゃったんです。
汗で張り付いた前髪をぎこちなくかき上げた彼女。
真っ青な顔で呼吸を整えるその姿はまるで、何かから必死に逃げてきたようにも見えた。
もしかして、あの佐々木とかいう元カレがストーカーしてるんじゃないだろうな? あれ以降、なんの動きもなかったから放置していたが、やはりもっと突っ込んで調べておくべきだったか?
そうして思い出したのが、同居初日にかかってきた電話だ。
――え、えぇ。別に。ただの友達ですから、後でかけ直します。
織江が焦った様に切った、“S”からの着信。
あの時の彼女の様子は、今振り返っても少しおかしかったと思う。