ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
笑い交じりの声が聞こえ、2人してそちらへ視線をやった。
いつからそこにいたのか、カウンターの向こうで割烹着姿の恰幅のいい男性が肩を震わせ笑いをこらえている。お父さんくらいの年齢だろうか。
「それ、やめてくださいよ宇津木さん。これでももう30なんですから」
「失礼しました。そうですよねえ、もう立派な坊ちゃんだ」
宇津木さんと呼ばれた、おそらくオーナーシェフであろうその人は、ニコニコしながら貴志さんをいなす。軽口を叩けるくらいの仲、っていうことなんだろう。
「今夜はご来店、誠にありがとうございます」
私みたいな小娘にも丁寧に頭を下げてくれ、こっちが恐縮してしまう。
「事前に村瀬様からはお任せでと伺っておりますが、何か召し上がれないもの、苦手な食材などございましたらお聞きしたいのですが」
「だ、大丈夫です。好き嫌いはありませんので」
「かしこまりました」
またまた丁寧に頭を下げて、その人は作業に取り掛かる。
‟実るほど頭を垂れる……”とはこのことかと、自分の父親と比べてしまいながら感心していると、「――で、ワインはオレが選んでいいか、織江?」と隣から再び聞かれ……え、織江?
あまりに自然な調子で言われたので、数拍反応が遅れた。
「あ、あの……」
「ん? 何?」
口調こそ穏やかだが、文句はないだろう、と言わんばかりの圧が眼差しからビシビシ伝わってくる。もう訳がわからない。
どうして? どうしてそんなに、私に構うの? あんなことした女ですよ?
高橋さんとの関係を脅かす、危険な女ですよ? どうして名前を呼んだり呼ばせたり、さらに距離を縮めようとするみたいな真似……
「で、でも、副社ちょ……貴志さんは車だし、飲めませんよね。私だけいただくのは……」
「オレも飲む。代行頼むから大丈夫だ」
「は、はぁ……そうですか。じゃあ、少しだけ。あまり強くないので……」
もはや、混乱の極み。人生初のミシュランなのに、料理の味なんてわかる気がしない。
途方にくれながら、テキパキと作業を始める宇津木さんを眺める私だった。