雨宮課長に甘えたい【2022.12.3番外編完結】
「特別室って聞きましたけど、ここ、高いんじゃないんですか?」
座卓の向かい側に座る雨宮課長に視線を向ける。

「高そうだね。今回、リニューアルオープンしたのはこの離れらしいよ」
「じゃあ、このお部屋、藤原さんのご招待?」
「そういう事」
「あの、まさか宿泊代は藤原さんが?」
「最初にそう言われて断ったが、お礼をさせて欲しいと押し切られてね。結局は半分、藤原さんが持ってくれる事になった」
「お礼?」
「前に来た時、実は藤原さんが倒れて、俺と奈々ちゃんで病院に運んだ事があって。その時のお礼がしたいと言われていたんだ。……覚えている?」

こっちを見る眼鏡の奥の瞳が覚えていて欲しいと言っているよう。

記憶を辿ってみるけど、思い出せない。

「すみません」そう言った瞬間、黒い瞳が失望したように閉じられた。
「そっか」
ため息混じりの声が沈んで聞こえる。

「ごめんなさい」
そうとしか言えない事が悔しい。

この仙台旅行の間に記憶を取り戻したくて、前回、仙台に来た時と同じようにして欲しいと雨宮課長にリクエストしたけど、ここに着くまで思い出せていない。

「本当にごめんなさい」
思い出せない事が情けない。

俯いて、紺色の湯飲みの中のお茶を見ていたら、「奈々ちゃんは悪くないよ」といつものように雨宮課長が言ってくれる。ありがたい言葉だけど、いつまで私の記憶が戻るのを待っていてくれるんだろう?

「どうしたの? 深刻な顔しているよ」
私の不安をかき消すように雨宮課長が明るい声を立てて笑う。

「奈々ちゃん、気分転換にお風呂でも入って来たら。せっかく部屋付きのいいお風呂があるんだし」

お風呂……。
確かに気分転換になりそう。

でも、雨宮課長と同室でお風呂に入るのも恥ずかしいというか……。
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