だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

268.ある精霊の叛逆

「うーん……やっぱ妖精関連の地の投影は安定しねぇなァ。しかも吹雪の所為で何も見えねぇしよ」

 精霊界の一室、精霊王《シルフ》の執務室にて。
 かの王より託された水晶を眺めつつ、エンヴィーは退屈そうにため息を零した。
 彼は真紅の長髪を揺らして椅子の背に体を預けた。その際にも大きく長いため息を口から押し出して。
 エンヴィーは、アミレスが公務で旅立ってから二週間程経った頃に精霊界に戻り、シルフの元に向かった。そこでシルフより改めて仕事を与えられ、水晶を手渡された。

 それは薄らと星空のように輝く水晶。星雲石と呼ばれる精霊界でのみ採取可能──もとい、精霊界の至る所にある星空から魔力や煌めきが滴り落ちて発生する宝石。それに膨大な魔力を注ぎ加工したものがこの水晶玉なのだ。
 これの制作は非常に難しく、精霊界でもごく一部の精霊にしか作れない物なのだ。
 この水晶は精霊界と人間界の星空を繋ぎ、別世界を投影する事が出来る。なので、一部の人間好きな精霊達はこぞって水晶を使い、俯瞰的に人間界を見守っている。
 何故ならそれしか、精霊達が人間界の様子を見る方法がないから。

 なお、精霊王であるシルフだけは自身の魔力で編み上げた端末を人間界に送り、俯瞰的ではなく端末視点からの景色を楽しんでいた。
 しかしエンヴィーにはシルフのような真似は出来ない。なのでエンヴィーは二週間程前から、俯瞰的にアミレスの様子を見守っていたのだが…………現在アミレスがいるのはディジェル領。別名、妖精に祝福された地。
 精霊と妖精の間にある軋轢も相まって、精霊界の技術は妖精の祝福の影響を強く受け、不調続きなのだ。
 その上、フォーロイト帝国全域を覆う吹雪の層があって、水晶に投影されるものは白一色。暫くは真面目にホワイトアウトを眺めていたエンヴィーだったが、流石に飽きて嫌になったらしい。

「一応、姫さんに何かあれば分かるようにちょっとした魔法をかけておいたが……心配なものは心配だわ」

 頬杖をついて、切なげにため息を吐く。
 そんなエンヴィーの後ろに気配なく現れ、背後よりエンヴィーに抱き着く者が現れた。「どーーーーんっ」と叫びながら、その子供はエンヴィーの真紅の髪に顔を埋める。

「エンヴィーさまどうしたんですか? ため息ばっかりしてると、幸せが逃げちゃいますよぉ!」
「……なぁプラール、重いんだけど」
「えぇー? 僕の体重なんてリンゴ六個分とかなんですよ、エンヴィーさまが重く感じる訳ないですよーー」
「それはそうだが、重いモンは重いんだよ」

 エンヴィーの頭にしがみついては楽しげに笑う、修道女《シスター》のような格好の無性の子供。
 彼ないし彼女は禱の最上位精霊プラール。愛らしく清廉とした精霊にして、精霊界でもトップクラスの他族嫌悪の持ち主。神々を始めとした精霊以外の全ての種族を心底嫌う、裏表の激しい最上位精霊だ。

「で? お前が何の用も無く俺の所に来る訳ねぇし、誰かに何か言いつけられたのか?」

 水晶を見つめながらエンヴィーが用件を尋ねると、

「はいっ、我等が主さまのお呼び出しです! 『最上位精霊は全員、星見の間に集まれ』との事でして」

 プラールは天使のような愛らしい顔に悪どい笑みを浮かべた。
 その言葉を聞いて、エンヴィーはハッとする。

「……そうか、もう、準備が整ったのか」
「これまでの準備期間を考えるとようやく、ですけどね。主さまは今や事前準備の為に身動きが取れないので、僕を始めとした交渉に強い精霊を、最上位精霊の招集に遣わしたんですー」
「そりゃお前にマジで祈られたら、いくら俺達でも意思関係無しで行動せざるを得ないしな」
「まぁどの精霊も、もう既に破棄には同意していますから、今更ごねるヒトなんていないと思いますけどねぇ」

 軽々とエンヴィーから飛び降りて、プラールは明るく笑う。
 エンヴィーは前々より、シルフからアミレスを見守るよう命令されていたので、制約の破棄に関する作業には殆ど関わっていない。
 なので、彼の予想よりも早く制約の破棄にまつわる準備を終えたという報せに、エンヴィーも少し目を丸くした。

「ちなみにお前以外には誰が交渉役になってるんだ?」

 念の為にと水晶を懐にしまって、エンヴィーはプラールと共に歩き出す。その道すがらに、エンヴィーは疑問を口にした。

「僕以外ですと──……詞《ランフ》さま、呪《カースド》さま、鏡《ミラアズ》さま、逆《リバース》さま、儡《マリネ》さま、空《ルムマ》さま、時《ケイ》さまですね」
「うっわ。編成がガチだ……ごねる事も直前で逃げる事も許さねぇ面子だ…………」

 つらつらと、自身《プラール》と同じくして精霊王から任を与えられた者達の名を語る。
 エンヴィーはその面子を聞いてすぐ、背筋に走る悪寒を覚えた。それぞれの権能を使われた日にはさしもの最上位精霊と言えどもそう容易く逆らえないような、そんな面々だったからである。

「主さまも、ここまで来て足を引っ張られたくないんでしょう。一刻を争うような必死さでしたし。ではエンヴィーさま、僕は今からロマンスさまとエレノラさまをお連れしなくてはなりませんので、ここで一旦別れましょう」
「大変そーだな……まー、頑張れ。また後でな」

 星見の間に続く道の途中で二体は別れた。
 エンヴィーは懐より取り出したホワイトアウトの水晶を眺めてへそを曲げつつ、のんびり歩く。暫く歩いて星見の間付近に辿り着くと、そこには既に何体もの最上位精霊達の姿があった。
 最上位精霊同士の交友関係はまばらで、仲が良い相手とは関わるしそうでもない相手とはそうそう関わらない。

 そんな最上位精霊達が一堂に会する機会など、上座会議以外にはない。なので、彼等彼女等はまさに同窓会のような気分だろう。
 エンヴィーも仲の良い精霊達と軽く会話を交えその時を待つ。元々気のいい性格をしているエンヴィーの周りには、自然と精霊達が集まっていた。
 時が経つにつれて最上位精霊達が集まる星見の間の前は、がやがやと彼等彼女等の何気ない会話で賑わう。
 そこに、葉から落ちる雫のようなしっとりとした美しい声が落とされる。
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