だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

495.─Game Start─4

「……──それでは今日はこの辺りで。招待状の件、よろしくお願いします」

 あれから数時間。日も暮れて来た頃に丁度仕事が一区切りついたので、私はお暇する事にした。

「はい。(わたし)の方で招待状は出しておきますね。ああそうだ……休憩時間に食べる予定だった、こちらの蜂蜜たっぷりのカップケーキをお土産に渡しておきましょう。今回は自信作ですよ」
「蜂蜜たっぷりのカップケーキ!」

 思わぬご褒美に飛び跳ねて喜んでしまう。それを見た周りの大人達の視線が妙に生暖かくて、恥ずかしさから顔を熱くしながら縮こまった。

「ふふっ、喜んでいただけそうで何よりです。もう遅い事ですしアミレス王女殿下の護衛は任せましたよ。イリオーデ卿、ルティ」
「はい」
「元よりそのつもりです」

 つっけんどんな二人の背中を押し、部屋を出る。

「それでは私達は失礼します! ケイリオル卿、決してご無理はなさらずに」

 扉を閉める前にそう伝えると、彼は扉が音を立てて止まるまで、小さく手を振って見送ってくれた。
 ────それから約二週間。
 招待状を出したその次の日には神殿都市からの返事が来て、あれよあれよという間にフォーロイト皇室と国教会との親善交流の話が進み、早くもその時が翌日に迫る。
 ついに、最推しでありこの世界の主役に会えるという期待と興奮から全然寝付けず、結局眠れたのは深夜二時頃。

 その夢の中で。
 私は、とても幸せな景色を見た。

『……──ミシェル。何があっても君を守るから、どうか、これからも俺と一緒にいてくれ』
『はい……っ! こんな私でよければ、喜んで』

 ボロボロになりながらも、赤髪の王子様が金髪の少女を抱き締める。すると、少女は涙で頬を濡らして眩く微笑んだ。
 そして景色は映り変わる。

『──だいすきだよ、おれだけのミシェル。大好きなんて言葉では収まらないぐらい、おれ、ミシェルの事が好きなんだ』
『ロイ……私も、ロイの事が大好きだよ』

 一つの寝台(ベッド)の上。幼馴染の少年から雨のように愛を囁かれ、少女は頬を赤らめていた。
 また、景色が映り変わる。

『……っオレは、オマエがいないと駄目なんだ……! だから、その────オレと、結婚してくれ』
『……──はい。一緒に幸せになろうね、セインカラッド』

 長い耳の青年は顔を真っ赤にして一世一代の告白をし、少女の返事に喜び口付けた。
 また、景色が映り変わる。

『──はじめまして(・・・・・)、可愛いお嬢さん。突然だけど……君を幸せにする機会を、僕にくれませんか?』
『〜〜〜〜っ! はい、はい……っ! 私にも、どうかその機会をください……!!』

 少女は二度と会えないと思っていた最愛の人と再会し、涙を流しながら抱き着いた。
 それを名無しの男も涙ながらに受け入れ、幸せそうに笑っている。
 まだ、景色は映り変わる。

『……ふ、なんだよその顔。俺の花嫁になるのがそんなに不服か? ──安心しろ、五百年先まで幸せにしてやるさ』
『……不服なわけないよ、ばか』

 赤い瞳の伯爵は幼い花嫁を軽々と抱え上げ、照れる少女の顔を慈しむように眺めていた。
 何度も、景色は映り変わる。

『──これからは毎日のように君にただいまといってきますを言えるんだ……ああ、なんて幸せなんだろう』
『大袈裟だなぁ……でも、私も幸せだよ』

 長椅子(ソファ)の上で肩を抱き合うように寄せ、白髪の聖職者は少女の手に自身の指を絡めた。
 まだ、景色は映り変わる。

『もう二度と、この手を放さない。だからどうか……あんたもオレの手を放さないでくれ』
『……うん。これからは、ずっと一緒にいさせてね』

 金髪の騎士とすれ違った穴を埋めるように固く手を繋ぎ、少女は彼と笑い合った。
 もう一度、景色は映り変わる。

『こんなにも誰かを愛おしいと思う日が来るとは思わなかった。それがお前だとは……僕はとても幸運だな』
『私も……あなたに好きになってもらえるなんて、運を全て使い切っちゃったみたい』

 純白の婚礼衣装に身を包む銀髪の皇太子と神に愛された少女。二人は揃いの指輪を薬指で煌めかせ、誓いを交わす。
 とてもあたたかくて、幸せな景色。
 ずっと見ていたいと思うような、愛と幸福に溢れた物語。どうしても守りたい平穏そのもの。

 ────でも、そこに私の居場所はない。

 景色は暗転する。
 暗く、黒い世界。先程までの温かい世界と打って代わり、冷たくて足が震えるような世界。
 次に映し出されるものは血塗れになった銀髪の女の死体。パッと景色が切り替ると、四肢があらぬ方向に曲がった死体が見えた。次は首を落とされた死体。その次は焼かれた死体。溺れた死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。

 ……ああ、そうか。
 これは()だ。
 この真っ黒な世界は悲運そのもの。
 積み重なる自分の死体を見て、いやに冷静になる。
 結局私は死ぬ運命で……幸せにはなれない。そんなのはじめから分かっていたこと。
 それでも──馬鹿みたいに夢を見てしまった。幸せになりたいと、憧憬を抱かずにはいられなかった。
 その僅かな光に、手を伸ばさずにはいられなかったのだ。

 ……手を伸ばしたところで、何一つとして掴めないのに。
 死体の山の頂点に向けて伸ばしていた手を降ろそうとした時、視界の端で銀色の長髪が揺れた。その直後、私の手を支えるように現れた、誰かの手。
 はじめは私のものと大差ない細腕だった。だけど一度瞬きすると、それは一回り大きなものになっていた。

「……──まだ諦めないで。君は幸せになれるよ、絶対に」

 今度は紅葉と桜が乱れ咲いたような髪が、視界の端でふわりと舞う。
 背中に感じる大柄なひとの温かさ。私の手を簡単に包み込んでしまう大きな手のひら。低く落ち着いた優しい声。
 全部、ここにあるはずのないものだった。

「ようやく逢えたね、私の可愛いみぃ(・・)。こんなの償いにもならないが、君の不幸は可能な限り私が請負う。だから、願わくば──……」

 視界がぼやけて、あのひとの声が遠くなる。
 待って! いかないで!
 慌てて振り向くも、もうほとんど視界は機能しない。ぼんやりと見える木瓜(ボケ)の花のような長髪が、泡のようにぽつぽつと消えていく。

「君の未来に、幸多からんことを」

 金蓮花のような瞳をふにゃりと細め、藤色に彩られた唇で柔らかく弧を描き、そのひとはいなくなった。
 その場には春の花の香りだけが残り──……涙と喪失感を抱えながら、私は目を覚ました。
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