だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

516.Main Story:Others

「おい変人、ここの回路はストレイト回路の方がよくないか? コンプケイト回路だと魔導変換抵抗の観点から総合出力が落ちるだろ」
「それはそうなんだけど、通信傍受システムとか耐久性命っしょ? ただでさえ変換式が複雑化して魔石への負荷が凄まじい事になってんだ──コンプケイト回路の方が色々と細かい調整がきくし、絶対こっちの方がいいって」
「耐久性ぇ? 壊れたのなら新しく作ればいいだろうが」
「クリエイター界のマリー・アントワネットかよ」
「誰だよ。そのマリーなんとかって」

 王城の一室で開かれていた魔導具研究学会にて、カイルとアンヘルは二人で新たな魔導具の制作に取り掛かっていた。

(今通信傍受って言わなかった?)
(言った。あれ不味くない? 堂々と犯罪宣言してない?)
(あれってハミルディーヒの第四王子だよな……やけに我等がアミレス姫殿下と仲良いと噂の。親衛隊(ファンクラブ)の回覧版で要注意人物として名が挙がっていたな)
(あんな子供がストレイト回路とコンプケイト回路を使い分ける事が出来るだなんて)
(あのデリアルド伯爵と魔導具について語り合えるなんて羨ましい……ッ!)

 周囲でザワつく学会メンバーの視線もなんのその、カイルとアンヘルは二人で顔を突き合わせ議論していた。
 そこに、あの男が現れる。

(──何故、僕の行く先々には毎度のようにあの男がいるんだ?)

 汚物で満たされた下水に飛び込んだかのような表情で、フリードルは眉間に深い皺を作り出していた。
 そして、深いため息を一つ。
 氷の国の次期主となる男だからだろうか。彼の吐く息はまさに雪の息吹かのよう。きっと紅茶系のいい香りもすることだろう。

「デリアルド伯爵、例の魔導具の進捗を聞かせて貰っても構わないか?」

 とりあえず、カイルは無視。
 構うだけ時間の無駄と、フリードルもようやく理解したらしい。

「もしかして布野郎のおつかいか? おまえも大変なんだな、布野郎に扱き使われて」
「ケイリオル卿に頼まれた件については否定しないが、僕自身、久々にこの学会に顔を出したかったというのもある。扱き使われている訳ではないと、認識の齟齬を正してくれ」

 この男、普通に真面目なので帝国内の様々な施設や組織によく視察に行っているのである。
 未来の王たるもの、玉座を支えし者達によりいっそう目を向けるべし──と、自分の価値観に従って。

「はいはい。生意気なあのクソガキよりよっぽど真面目だな、おまえ。ああ……例の魔導具については、この変人の知恵も借りてより良い物へと改良を進めている──とでも伝えておけ」
「……そこの塵芥(ゴミ)に協力を仰いだと?」
「ああ。暇そうだったからな。俺もさっさと仕事を済ませて、ルナオーシャンの実店舗に行きたいんだよ」

 アンヘルが暇そうだという言葉を口にした瞬間、カイルは脊髄反射で「暇ではなかったんだよなあ……」と呟いた。

「伯爵はルナオーシャンに用があるのか」
「当たり前だろ。俺が帝国に来る理由なんざ仕事かスイーツしか──ねぇよ」

 僅かに視線を逸らし、アンヘルはポケットから取り出したクッキーを頬張りはじめた。

(おっと? なんだ今の不自然な間は。俺の第六感が新たなてぇてぇの気配を感じ取ったぞ)

 恋愛を自分がするのはまっぴらごめんだが、見るのは好き。超好き。そう、カップリング厨である事を隠しもしないカイルが執念に等しい力を発揮する。

「ならば…………おい、ジェーン。アレを持って来い」

 ほんの少しの思考ののち、フリードルは空中に声を落とした。
 するとその数秒後、変装して待機していたジェーンがそれを解きながら胡散臭い笑顔を携え現れる。
 フリードルの『影』であるジェーンも、勿論当時の諜報部で随一の実力者であった。その為、変装もお手の物なのだ。

「話は聞かせていただきました。これをご所望ですね? フリードル殿下」
「ああ、もう下がっていいぞ」
「また何かあればお呼び下さい」

 懐から出した長方形の封筒をフリードルに手渡すやいなや、ジェーンは早々に姿を消す。
 そしてその封筒の中身を確認し、彼はそれをアンヘルへと手渡した。仕事かその書類しか他人に渡さぬ男が、突如として謎の封筒を渡した──その光景に部屋中は騒然となり、アンヘルとカイルは訝しげな視線を封筒へと落とす。

「中を見るといい。投資の返礼として貰ったはいいが、近頃は使う機会が無く持て余していたのだ。ならば、デリアルド伯爵に渡した方がよいかと思ってな」

 おそるおそる封筒の中を見ると、【半額クーポン】と書かれたパティスリー・ルナオーシャンの後援者優待券が鎮座しているではないか。
 それを目の当たりにしたアンヘルは紅い瞳を点にして、絶句する。

「────いいのか? 俺が貰ってしまっても」
「良くなければわざわざ渡さない」
「そもそも、どうしておまえがこんな貴重な物を持っているんだ? なんでルナオーシャンに投資しているんだ?」
「…………」

 無表情のまま、フリードルはバツが悪そうに口を閉ざす。
 言える筈がなかった。──アミレスが甘党だと聞き、帝都で人気のパティスリーを片っ端から匿名で(・・・)支援しただなんて。
 あまつさえ、彼女との茶会で出す茶請けと話題に事欠かないよう、定期的にジェーンを使いに出しては投資先のスイーツを胃もたれや胸焼けと戦いつつ食べては予習しているだなんて。
 言える筈がない! のだ!!
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