だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

542.Main Story:Michelle2

「吸血鬼ならばそう簡単には死なない。だから、少しばかり適当にやらせてもらいました。恨むなら──我等が姫君を傷つけ、そして我等が王の逆鱗に触れた己を恨みなさい」
「はぁ? 何言って──……」
「王から受けた命は『一発』。その為、もう貴殿に用はない。何処かに向かうのでしょう、邪魔をして申し訳なかった」
「……──?」

 顔の横の黒い三つ編みを揺らし、無表情の男性は踵を返した。その背を酷く困惑した様子で、アンヘルは訝しげに見つめている。
 その間にも彼の肉体は超再生を開始し、治療の間もなくあっという間に完治してしまった。それと同時に聞こえてくるのは、化け物たちの断末魔──。

「王の光輝に群がる羽虫共が」

 次々と現れる化け物を、なんと黒髪の男性は一撃で屠ってゆく。化け物がいくら束になろうとも、その男の前では全てが無力とでも言わんばかりに……。
 男性は、その手に持つやけに刃が長い剣で、まるで草刈りのように化け物をバッタバッタと両断していった。

「──さて。穢妖精(けがれ)はある程度殺せたが…………。この調子であれば、あるいは……とりあえず、オッド達を呼び寄せてみますか」

 星屑のように煌めき、長身の剣は砕け散った。だが男性はそんなの気にもとめず、真剣な様子で思案する。
 だがそこでピタリと動きが止まり、程なくしてこちらをくるりと振り向いた。──その瞬間。

「が、ぁ────ッ!?」

 カイルの体が、吹っ飛んだ。
 その際に彼から生じた音は、およそ人体から鳴ってはならない音で。轟音を上げ、近くの民家の壁にぶつけられたカイルは、血塗れになりびくりとも動かない。
 それを、見て。
 あたしは──恐怖のあまり、体が言うことを聞かなくなっていた。

「そこの貴女──……神々の愛し子よ。早急に彼を治癒してあげなさい。さもなくば、彼は死にますよ」

 …………は? 何を言ってるの? この、ひとは。
 だってカイルをああしたのは、他ならないあなたじゃない。あなたが今振り下ろした脚で、カイルを思い切り蹴飛ばしたんでしょう?
 なのにどうして、そんな──!

「……っ!!」
「俺に憤りを覚えるのは自由ですが、そうしている間にも──ほら。彼の命が、壊れた砂時計のごとくすり減っていくのが分かりませんか?」

 淡々と。黒く淀んだ片目をこちらに向け、あたしにカイルを助けるよう促してくる。
 あんな訳の分からない男の指示に従うなんて業腹だけど、今すぐカイルを助けないといけないのは紛れもない事実。
 下唇を噛みながら、あたしはカイルの元に駆け出し、今にも命の灯火が消えてしまいそうな彼に天の加護属性(ギフト)で最大級の治癒魔法を使用した。

「──ガハッ、こふ……ッ! っはァ……ロー、ゼラ……嬢。あり、がとう。感謝、する…………」
「よかった、間に合った……!! カイル、大丈夫? もう痛いところとかはない?」
「ああ、俺はもう大丈夫だ。痛みは……っ、まだあるが、耐えられないものでもない。しかし──……俺達は、彼等を随分と怒らせてしまったらしいな」
「え……?」

 息を吹き返したそばから、自業自得か。と、眉根を寄せて苦笑するカイルを前に、彼等って? という疑問が頭を占める。
 どうやら、カイルはあの男の言動に心当たりがあるらしい。だがそれをあたし達に話してくれる様子は、微塵もない。

「命じられたのは『あそこ』の『クソボケ野郎共』を『一発ずつぶん殴る』……しまった。蹴りは命令違反か? だがまあ、王に知られなければ問題無いか」

 どこか考え込むような仕草を見せたかと思えば、男はすぐ傍で蹲るマクベスタを一瞥して、今一度、片脚を浮かした。──しかし。

「……──! 流石はエンヴィーの弟子ですね。まさか、反射で俺の蹴りを受け止めるとは」

 男の脚は、マクベスタに届く寸前にて食い止められる。マクベスタは左腕を掲げ、それを震えさせながらも男の脚を受け止めていた。

「……エン、ヴィー……し、しょう。ぁ…………でし──オレ、の……あね、でしは────……」

 ゆっくりと上げられたマクベスタの顔を見て、あたしとカイルは言葉を失い、その代わりとばかりに喉笛を鳴らした。
 ──まるで、死人のようだった。
 白粉(おしろい)が剥げたかのように青白い顔が露わになり、その目元には酷い隈と肌を濡らす涙が。地獄からの使者と言われたら誰もが納得するような、色濃い絶望に取り憑かれた顔。

「っ、だれ、なんだ……?」

 ボロボロと大粒の涙を流し、マクベスタの唇が僅かに震える。

「……そこまで覚えていて、何故全てを思い出せないのか。一体──……貴殿らの精神に、どれほど厄介な絡まり方をしたのですか、奇跡は」

 まるで憐れむような視線でマクベスタを見つめ、男はその場で軽く跳躍する。そして物理法則も無視して空中で高速回転し、様子がおかしいマクベスタへと鋭い回し蹴りをお見舞いした。
 咄嗟に受身は取れたようなのだが、純粋な勢いと力で押し切られ、彼もまた民家目掛け吹き飛ばされてしまう。

「マクベスタ!?」
「ローゼラ嬢、俺はもう大丈夫だから早くマクベスタの元に向かってくれ! 君の治癒がなくては、俺達は間違いなく──全滅する!」
「〜〜っ! わ、わかった!!」

 カイルに背を押されマクベスタの元へと駆け出す。
 そうしている間にも、

「ぐふッ────?!」

 セインがあの男の膝蹴りを顔に食らい、

「かは…………ッッ!!」

 ロイは左頬に重たい一撃を入れられていた。
 この間、僅か十秒。──チートだなんだと言われる攻略対象達ですら為す術なく一方的に蹂躙される、あの男の圧倒的な強さを前にして。
 所詮、浄化の力ぐらいしか取り柄のないあたしは、奥歯がガタガタと震える。
 それでもここで立ち止まる訳にいかず。ミシェル・ローゼラとして、あたしは震える体に鞭を打ち、虫の息の攻略対象達に次々と治癒を施していく。

「王命はこれにて果たせた。彼等を迎えに行くついでに、この街に特殊な結界を──……」

 好き勝手、弄ぶように攻略対象達を蹂躙しておいて。あの男は何事も無かったように、ふっと姿を消した。それからだいたい数分後──それまでは雨後の筍のように降って湧いていた化け物が、まったく姿を見せなくなる。
 だがあたしは皆の看病などでそれどころではなく、気持ち悪い化け物と得体の知れない男への恐怖心をいたずらに抱き、トラウマとして心に刻む羽目になったのだった……。
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