だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

548.Main Story:Ameless4

「──アミィ。ちょっといい、かな?」

 話し合いを終え、様々な事柄を咀嚼し飲み込むべく私は一人で自室に籠っていた。妖精に奪われた人達を取り戻す為の戦い──……それに備え、白夜やアマテラスの手入れをしていた時。
 部屋の扉を開け、気まずそうな様子のシルフが現れた。

「大丈夫だけど、急にどうしたの?」

 アマテラスを側に置き、彼の方を向く。

「……──ごめん! ボク、アミィに無神経な事を言って……アミィのこと、凄く、傷つけた。本当にごめん」

 オーロラのような美しい髪を揺らして、シルフは深く頭を下げた。
 無神経な事──って、あの時の事、かな。私が『私』を思い出す切っ掛けになってしまった……あの言葉。あれに関しては傷ついたというよりも──。

「頭を上げて、シルフ。貴方は悪くないよ。だって……私が立場に執着するのも、必死に役割を演じているのも、事実だから」
「……え?」

 こんなにも醜い本性を皆に知られて、見限られるかもしれないと……それを恐れてしまっただけ。
 奇しくも、フリザセアさんへと説明する為に自分の心と向き合った事で、私が何を恐れているのかを客観的に見ることが出来たのだ。

「あのね、私……こうする事でしか『生』を感じられないの。与えられた役割を演じ続けなければ、私に価値はない。──役割を果たす為だけに存在する人形が、人間になりたいだなんて願いを抱いてしまったから……私のような、無様で醜い人間が生まれてしまったんだ」

 だからシルフは何も間違ってないよ。と彼の勘違いを訂正する。
 誰から見ても歪な生き方。その生き方しか知らない私を見て、シルフ達が気味悪く思ったのならばそれは当然の事だ。だからそれについて指摘したのに、臆病な私は勝手に被害者ぶってあの場から逃げ出した。
 ……その結果、こうしてシルフの気を揉ませてしまったなんて。

「──ざけんなよ」

 ぽつりと、彼の声が静寂を穿つ。

「っふざけるな! 君が醜くて無様な人間だなんて誰が言った? 君をそんな風にした奴は誰だ!? ボクがこの手で殺してやる……ッ、君にそんな生き方を強要した奴は、何がなんでもこの手で────ッ!!」

 シルフのこんな顔、はじめて見た。
 突然の事に理解が追いつかず呆然としていると、ハッとなったシルフが怒りを噛み殺すように飲み込んで、まだその余韻を残す顔のまま、膝を折って私と目線を合わせた。

「……──っ、アミィ。君がどれだけ自分を蔑ろにしようとも、君がボクの生まれて初めての友達で、ボクのかけがえのない宝物であることは、絶対に変わらない」

 狩りをする獣のような震える息を漏らしたかと思えば、彼は私の体を包み込むように抱き締め、赤子をあやすように耳元で何度も繰り返す。

「大好きだよ、アミィ。──ありがとう、ボクと出会ってくれて。ありがとう、ボクに名前をくれて。ありがとう、ボクを友と呼んでくれて。ありがとう、ボクに思い出をくれて。ありがとう、生きててくれて。ありがとう……生まれてきてくれて、本当にありがとう」

 感謝の言葉は、聞き慣れていた。でも──……こんな、『私』だけに向けられるひたむきな愛情は、まったく知らない。

「君は自分が無価値だとか、自虐的なことを言うけれど……ボクにとってはね、君の存在そのものがこの世界の何物にも代えがたいんだよ。姿形や立場なんて関係ない──……、他ならない君だからこそ、ボクはこんなにも大好きになったんだ」

 先程の怒声が嘘のように、シルフの声は優しかった。

「ボクはあの日──……ボクに『シルフ』っていう宝物(なまえ)をくれた、何者でもないただの女の子のことがとーーーーっても、大好きだよ。だからお願い。ボクの愛する君のこと──他ならない君自身が、愛してあげてほしいんだ」
「…………っ!! ずる、いよ……そんなこと、言われたら……わたし、は……っ」

 ぶわっと感情の露が溢れ出す。
 あの瞬間──『私』でも『アミレス・ヘル・フォーロイト』でもない、ほんの数十分だけ生きていた、確かに何者でもなかった、ただの女の子。シルフは……なんの立場も役割もない、無価値な私を好きだと言ってくれた。
 無価値な私に、身に余る価値を、与えてくれた。

「────わたし……っ、本当は、普通の人みたいに生きてみたかった……! もっともっと、自分をだいじに、したかった…………っ!!」
「もう、諦めるのが早いよ。君の人生はまだまだ続くんだから、これから生きたいように生きればいいさ」

 ボクが、その手伝いをするよ。と……泣きじゃくる私の頭を撫でながら、シルフは言う。

「ぅ……我儘、言ってもいいの? 辛い時は辛いって言っても、いいの? 誰かを、頼っても……いいの?」
「当たり前じゃないか。寧ろ、今まで君がほとんど我儘も泣き言も言ってこなかった事がおかしいの。ボク、アミィに信用されてないのかなって……ちょっぴり寂しかったんだよ?」
「ちがっ……そんな、つもりじゃ……っ」
「ははっ、分かってる。君の知る生き方に、そんな項目はなかったんだろう? まあいいさ。これからボク達が教えていけばいいんだから」

 生まれて初めて、わんわんと声を上げて泣いた。前世でも今世でもずっと……ずっと我慢していた弱音が、堰を切ったように溢れ出したのだ。
 にも関わらず、彼の肩を際限なく濡らす私を、シルフは愛おしむような表情で見守っていてくれた。
 私の本性を知ってもなお、シルフは幻滅したりせず、こんな私を必要としてくれる。好きだと言ってくれる。
 それがどうしようもなく……生きていて良かったと思える程に、私は────……嬉しかった。
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