だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

555.Main Story:Others3

 ♢♢


(……はてさて、どういう事なんだろう。このガキ──窮地に立たされる程に強くなる。逆境に打ち克つ能力が高い、とでも言おうか……とにかく厄介だな)

 何度倒しても起き上がり、その度に強くなっていく眼前の生物を見下ろして、ユーキは軽く引いていた。
 言うなれば、戦いの最中で彼という原石が研がれ、磨かれてゆき──その輝きを放ちはじめたようだ。異常な速度で成長する彼を見て、ユーキが思わず苦笑する程に……ロイは攻略対象(ヒーロー)らしく困難を乗り越え続ける。

「ぐ……っ、い、け……!!」

 徐々に洗練され鋭さを増したロイの炎の矢。いつしか火魔法を駆使して、三十本ものそれを同時に撃ち放てるまでに至っていた。

「……面倒だな」

 この速度で成長され続けてしまうと、いつかはユーキと言えども手に負えなくなる。それを理解しているからこそ、彼は今まで避けていた最後の手段を取ろうと決意した。

(アミレスは──……まあ、大丈夫だろ。シャル兄も上手く逃げ道を誘導して、女がここから離れすぎないように追いかけ回してる。あの馬鹿野郎……は、兄弟喧嘩中みたいだから、ぶん殴るのは後にしてやるか)

 ちらりと他へ視線を向け、現状の把握に務める。
 それと並行して、ユーキは街灯に手を触れては魔法を使用した。途端に、真紅(ルビー)に煌めく魔法陣が這う街灯は、鋭利な槍へと姿を変えて地面から引き抜かれる。
 その獰猛な穂先からは容赦の無い殺意が溢れ出していた。

「派手なの、苦手なんだけどな」

 大きな槍を手にユーキはぐぐぐっと屈んで、バネのように跳躍しては上空へと飛び出る。空中で体勢を変え、刹那──凄まじい速度で、槍を構えたユーキがロイの元へと墜落する(・・・・)

(──ッ!!)

 反射だった。ぞわり、と粟肌が鎌首をもたげたので、ロイは頭で考えるよりも先に飛び退いた。だがそれこそが彼の命を救う行動だったのだと、ロイはすぐさま理解する。
 ドゴォンッと、家一つ崩落したような轟音と一緒に、視界が土煙で満たされる。何かの破片と思しきものが四方八方へと散乱し、まるで隕石でも降ってきたかのような有様だ。その中心──土煙が晴れた瞬間に、ロイは青ざめた顔で絶句した。

「……うそ、だろ?」

 つい先程まで自分が立っていた場所が、巨人の手で抉られたかのように陥没しているではないか。

(なんなんだよ、こいつ! 意味が分からない……! 化け物だ!!)

 細腕や薄い体からは想像がつかない膂力。元が街灯だっただけに、身の丈以上の大きさと重量を誇る槍を、ユーキは軽々と片手で振り回すのだ。
 それがまたいっそう、ロイに恐怖を植え付ける。

「ちっ、避けるなよ。長々とあんたを相手してる暇なんてないの、僕には。雑魚は大人しく雑魚のまま死んでくれる?」
「〜〜っいや、に決まってるだろ……!」
(──おれは。ミシェルが死ぬまで、ミシェルとずっと一緒にいるんだ!!)

 どれだけ敵への恐怖を芽生えさせようとも、ロイは立ち上がる。
 やはり、愛に生きる人間程──……厄介かつおぞましいものはない。だがそういう人間に限って、『愛』を力に変えてしまうのだから、本当に恐ろしい話である。


 ♢♢


「ええと……つまり、貴方は正真正銘『カイル・ディ・ハミル』で、私の親友は絶賛居眠り中……ってこと?」
「ああ。彼が奇跡の侵食を請け負い眠ったから、俺がこうして活動しているんだ」

 ミシェル達に怪しまれないよう、茶番のような組手をしつつ、アミレスとカイルは互いの持つ情報を可能な限り交換していた。
 ──何が起こるか分からない以上、ミシェルに疑われるような真似はしない方が良さそうだ。
 そう、奇跡力の影響で穂積瑠夏(ホヅミルカ)が眠りについたあの瞬間に判断したカイルは、『カイル・ディ・ハミル』と『カイルとして生きる瑠夏(ルカ)』の言動を真似ていたのだ。

(だからあの時──『すまない、アミレス』って言ったんだ。ミシェルちゃんの手前、私と敵対する必要があったから)

 数日前。西部地区にてアミレスに銃口を突きつけたカイルは、言葉にはせずとも唇で謝罪を描いていた。あの日のカイルの行動が、アミレスの頭の中でようやく腑に落ちる。
 その時アミレスの視界の端で、何かが一瞬、煌めいた。それが光を蓄えた宝石だと気づいた彼女の顔から、サッと血の気が引く。

「ッ! 氷壁(アイスウォール)!!」

 足元に広がる青い魔法陣から噴水のように水が湧き出て、目にも止まらぬ速さで彼女等を包む。それはかまくらのような形状で凍結し、分厚い壁を()した。
 それとほんの、小数点のズレのあと。

「──穿ち征服せよ、金剛石(ダイヤモンド)

 静謐な声と一緒に、氷を砕く音(・・・・・)がアミレス達の耳に届く。
 じゅわっと融かすような、ガガガッと掘るような、どちらにせよ恐怖を与えてくる音が、分厚い氷壁を貫通せんと徐々に彼女等に接近する。
 たった数秒。だが、カイルが状況把握するにはじゅうぶん過ぎる時間だ。

「……飛ぶぞ、アミレス!」
「っお願い!!」

 額に脂汗を滲ませてカイルは手を差し出す。その手を握り、アミレスは彼に身を委ねた。──刹那、白い魔法陣が二人を窮地から救い出す。氷のドームから脱出した彼女等は、奇襲を仕掛けてきた犯人を睨みその名を呼んだ。

「セインカラッド……っ!!」
「サンカル卿──!」

 視線の先には、修羅のごときセインカラッド・サンカルがいた。地に転がる金剛石(ダイヤモンド)を拾いながら、そのハーフエルフは激しく舌打ちする。

「……しぶとい女め。絶対に、オマエはオレが殺す…………ッ」

 盲目的な復讐心と執着心に突き動かされ、セインカラッドは──酷く美しいその顔を、醜く歪めてしまった。
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