だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
581.Main Story:Others2
白昼の街並みに幾度となく雷鳴が轟く。
時には大槌に。時には聖剣に招かれ、この世の終わりかと見紛う程に天の怒りが地に落とされていた。
だがその雷霆が人を害する事は無く。それは避雷針目掛け墜落する雷のように、ただ一点を目指して慟哭を繰り返す。
(くっ……純白の雷光──まさかこの剣は、噂に聞く聖剣だとでも言うのですか?)
遮光眼鏡をかけた派手な髪色の男──ユーミスは、玉のような汗を額に浮かべた。握られた細剣は雷霆の連撃を受け止めてきた影響か、僅かに震えている。
人間界で鍔迫り合いする相手が、まさか、雷を呼ぶ断罪の剣を持った天敵だとは夢にも思わなかったのだろう。彼は、想定外の苦境に立たされていた。
(──防戦一方ではあるが、常に反撃の機会を窺っている。気をつけるに越した事はないか……)
冷静に思考しながらもその攻撃は止まらない。
純黒の翼を羽ばたかせて、彼は飛び上がる。期間限定のものだというのに、マクベスタ・オセロマイトは堕天族の能力を我が物としていた。
飛翔し、四方八方から辻斬りのごとく一撃を与える。かと思えば、鍛え抜いた肉体から放たれる純粋な身体能力で近接と後退を繰り返し、妖精を翻弄してみせるのだ。
「頑丈だな。流石は妖精と言うべきか」
「お褒めに与り光栄です♪」
笑みを浮かべるユーミスが、ぐっと肘を引き細剣を弾き出す。しかし、反射的に顔を傾け、マクベスタはすんでのところで刺突を躱してみせた。
(ただでさえ、堕天使の相手は骨が折れるというのに! よりにもよって、このような厄介な男がわたくしの邪魔をするとは!!)
チッ、と舌打ちを一つ。表面上では平静を装うが、その内では焦燥がびんぼうゆすりをする。
妖精女王に献上すべく、星の愛し子の瞳を採取したいのに──少しでも怪しい動きをすれば、修羅のごとき様相のマクベスタが行く手を阻むのだ。
(わたくしの奇跡力の半分程はあの子に渡している。このまま持久戦に持ち込まれては、いずれ死の回避すらもままならなくなり──……)
わたくしは、死ぬ。
妖精が恐れる最も悲惨な結末。最大にして最悪の恐怖。それが、“死”である。
たとえ死ぬ覚悟が出来ていようとも、怖いものは怖い。女王近衛隊とてそれには変わりない。──筈だった。
「ッきゃ、ぁあ!!」
戦場に落とされた誰かの悲鳴。
それを聞いた途端、
「──マーミュ?!」
ユーミスは、血相を変えて飛び出した。
「マーミュ! 何処ですか?! マーミュッッッ!!」
マクベスタの事などそっちのけ。必死に部下の名前を叫びながら、彼は戦場を駆ける。
(まさかマーミュが死──っ、いや、まだこの目で確認していない! だからどうか、あの子だけは……! わたくしは死んでも構わないから、あの子の未来だけは──……ッ!!)
死をも恐れぬ稀有な妖精。そんなユーミスが恐れるものは、マーミュという名の宝物が失われる事、ただ一つだけだった。
♢♢
あの子と出会ったのは、今からほんの、数百年前の事。
当時のわたくし──……いいや、俺は。田舎で荒くれ者どものカシラをやっていたが、あっさりと女王近衛隊に捕らえられ、妖精界の治安悪化の罰として兵役を言い渡された。
だがまあ、元々他者を嬲ることしか能がなかったもんで。案外、荒事ばかりの仕事ってのは性に合っていたのだ。
そうして過ごすうちに、いつの間にか小隊長にまで昇進していた。罪人上がりの兵隊にしちゃあ、上出来過ぎる出世だ。
当然、うんざりする程妬まれた。売られた喧嘩は片っ端から買い、何度も反省文を書いて謹慎処分も食らったとも。それでも何故か隊長は俺を除名せず、あの時下した兵役処分を撤回する事はなかった。
そんなある日のこと。俺はアイツと出会った。
──指名手配の毒婦の胎を突き破って、産声を上げたガキ。ソイツは最終的に女王近衛隊預かりとなった。
死刑囚の子だー。不吉な子だー。と腫れ物のように扱われ、様々な部隊をたらい回しにされた挙句、うちの部隊に流れ着いた。そしたら、『不吉な死刑囚の子は、元罪人のお前が世話をするのに相応しい』とか言われ、俺がそのガキの世話をする羽目になったのだ。
この俺に、子育てなんて出来る筈がない。
そうは思っていても、俺の出世が気に食わなかった連中はここぞとばかりに結託して、俺が戦場に出られないように仕向けた。
誰も協力してくれない中で、それでもお上の命令だからやるしかねぇと足掻くこと、数百年。
……いつしか俺は、あのガキに情が移っちまったらしい。
教育に悪いからと荒っぽい口調も矯正し、怖がらせてしまう目付きを隠して、役職に相応しい性格を演じ、アイツを──……あの子を守る為に、戦果を上げて更に出世しました。
女王陛下の望みを叶えるのだって、わたくしがこの地位を維持する為のこと。
生意気に成長してしまったあの子を守り、その成長を支えられる、この地位と名誉を手放さまいと執着しているだけなのだ。
だからわたくしは、女王陛下の命に背く。
俺の愛する宝──……夢を贈る妖精を、守る為に!!
♢♢
「ぅ、ゆー……みす……」
尖った角を持つ水色の髪の少女は、腹部から血を流し、地に倒れていた。その傍らには、少女の手よりも遥かに大きな拳撃鍔が二つ転がっている。
「んー、生きてはいるな。良かったー……流石に子供を死なせるのは気が引けるっつーか……」
兵隊達と共に立ち向かって来たものだから、うっかり魔法を直撃させてしまった。そんな引け目を感じていた、カイル・ディ・ハミルはホッとため息を一つ。
その瞬間、
「っマーミュ! 無事ですか、マーミュ!?」
立ち込める土煙の中から、細剣を持つ男が現れた。
カイルがそれに驚くのも束の間、ユーミスは倒れている少女に駆け寄り、その体を起こして顔を覗き込む。
しかし深手を負った少女は意識を失っていて。彼女の腹部にある傷を見て、流れ出る血に触れると──……ユーミスの中で、何かが切れる音がした。
(……マーミュ。わたくしの、宝。アナタが笑っていてくれるのなら──わたくしは、何だって出来るのですよ)
軍服のマントを外し、その上に少女を寝かせる。使用していた細剣は彼女の傍に起き、代わりに拳撃鍔を手に取り、少女の髪を撫でてから、ユーミスはおもむろに立ち上がった。
「カイル、こちらに妖精が──っ、一体何が……?」
「それが俺にもさっぱり。雑兵を蹴散らしてたら、なんか急にやって来たんだよ。アイツが」
「……何やらただならぬ雰囲気だ。お前も警戒は怠るなよ」
「りょーかい」
ユーミスを追って来たマクベスタと合流し、肩を竦めてすぐ、カイルはサベイランスちゃんを手に警戒態勢に入る。
彼等の視線の先では遮光眼鏡を外したユーミスが、拳撃鍔を装備し、鬼気迫る様子でこちらを睨んでいた。
「華美も、礼節も、全て知ったことか。──人間ども。マーミュに手ェ出した事、後悔させてやる!!」
「っ来るぞ、カイル!」
「おう! 完璧にサポートしてみせるさ!」
女王近衛隊が第三部隊|《ブリランテ》部隊長、熱を奪う妖精ユーミスは──……優しい嘘を忘れ、闘牛のように人間達へ飛び掛った。
時には大槌に。時には聖剣に招かれ、この世の終わりかと見紛う程に天の怒りが地に落とされていた。
だがその雷霆が人を害する事は無く。それは避雷針目掛け墜落する雷のように、ただ一点を目指して慟哭を繰り返す。
(くっ……純白の雷光──まさかこの剣は、噂に聞く聖剣だとでも言うのですか?)
遮光眼鏡をかけた派手な髪色の男──ユーミスは、玉のような汗を額に浮かべた。握られた細剣は雷霆の連撃を受け止めてきた影響か、僅かに震えている。
人間界で鍔迫り合いする相手が、まさか、雷を呼ぶ断罪の剣を持った天敵だとは夢にも思わなかったのだろう。彼は、想定外の苦境に立たされていた。
(──防戦一方ではあるが、常に反撃の機会を窺っている。気をつけるに越した事はないか……)
冷静に思考しながらもその攻撃は止まらない。
純黒の翼を羽ばたかせて、彼は飛び上がる。期間限定のものだというのに、マクベスタ・オセロマイトは堕天族の能力を我が物としていた。
飛翔し、四方八方から辻斬りのごとく一撃を与える。かと思えば、鍛え抜いた肉体から放たれる純粋な身体能力で近接と後退を繰り返し、妖精を翻弄してみせるのだ。
「頑丈だな。流石は妖精と言うべきか」
「お褒めに与り光栄です♪」
笑みを浮かべるユーミスが、ぐっと肘を引き細剣を弾き出す。しかし、反射的に顔を傾け、マクベスタはすんでのところで刺突を躱してみせた。
(ただでさえ、堕天使の相手は骨が折れるというのに! よりにもよって、このような厄介な男がわたくしの邪魔をするとは!!)
チッ、と舌打ちを一つ。表面上では平静を装うが、その内では焦燥がびんぼうゆすりをする。
妖精女王に献上すべく、星の愛し子の瞳を採取したいのに──少しでも怪しい動きをすれば、修羅のごとき様相のマクベスタが行く手を阻むのだ。
(わたくしの奇跡力の半分程はあの子に渡している。このまま持久戦に持ち込まれては、いずれ死の回避すらもままならなくなり──……)
わたくしは、死ぬ。
妖精が恐れる最も悲惨な結末。最大にして最悪の恐怖。それが、“死”である。
たとえ死ぬ覚悟が出来ていようとも、怖いものは怖い。女王近衛隊とてそれには変わりない。──筈だった。
「ッきゃ、ぁあ!!」
戦場に落とされた誰かの悲鳴。
それを聞いた途端、
「──マーミュ?!」
ユーミスは、血相を変えて飛び出した。
「マーミュ! 何処ですか?! マーミュッッッ!!」
マクベスタの事などそっちのけ。必死に部下の名前を叫びながら、彼は戦場を駆ける。
(まさかマーミュが死──っ、いや、まだこの目で確認していない! だからどうか、あの子だけは……! わたくしは死んでも構わないから、あの子の未来だけは──……ッ!!)
死をも恐れぬ稀有な妖精。そんなユーミスが恐れるものは、マーミュという名の宝物が失われる事、ただ一つだけだった。
♢♢
あの子と出会ったのは、今からほんの、数百年前の事。
当時のわたくし──……いいや、俺は。田舎で荒くれ者どものカシラをやっていたが、あっさりと女王近衛隊に捕らえられ、妖精界の治安悪化の罰として兵役を言い渡された。
だがまあ、元々他者を嬲ることしか能がなかったもんで。案外、荒事ばかりの仕事ってのは性に合っていたのだ。
そうして過ごすうちに、いつの間にか小隊長にまで昇進していた。罪人上がりの兵隊にしちゃあ、上出来過ぎる出世だ。
当然、うんざりする程妬まれた。売られた喧嘩は片っ端から買い、何度も反省文を書いて謹慎処分も食らったとも。それでも何故か隊長は俺を除名せず、あの時下した兵役処分を撤回する事はなかった。
そんなある日のこと。俺はアイツと出会った。
──指名手配の毒婦の胎を突き破って、産声を上げたガキ。ソイツは最終的に女王近衛隊預かりとなった。
死刑囚の子だー。不吉な子だー。と腫れ物のように扱われ、様々な部隊をたらい回しにされた挙句、うちの部隊に流れ着いた。そしたら、『不吉な死刑囚の子は、元罪人のお前が世話をするのに相応しい』とか言われ、俺がそのガキの世話をする羽目になったのだ。
この俺に、子育てなんて出来る筈がない。
そうは思っていても、俺の出世が気に食わなかった連中はここぞとばかりに結託して、俺が戦場に出られないように仕向けた。
誰も協力してくれない中で、それでもお上の命令だからやるしかねぇと足掻くこと、数百年。
……いつしか俺は、あのガキに情が移っちまったらしい。
教育に悪いからと荒っぽい口調も矯正し、怖がらせてしまう目付きを隠して、役職に相応しい性格を演じ、アイツを──……あの子を守る為に、戦果を上げて更に出世しました。
女王陛下の望みを叶えるのだって、わたくしがこの地位を維持する為のこと。
生意気に成長してしまったあの子を守り、その成長を支えられる、この地位と名誉を手放さまいと執着しているだけなのだ。
だからわたくしは、女王陛下の命に背く。
俺の愛する宝──……夢を贈る妖精を、守る為に!!
♢♢
「ぅ、ゆー……みす……」
尖った角を持つ水色の髪の少女は、腹部から血を流し、地に倒れていた。その傍らには、少女の手よりも遥かに大きな拳撃鍔が二つ転がっている。
「んー、生きてはいるな。良かったー……流石に子供を死なせるのは気が引けるっつーか……」
兵隊達と共に立ち向かって来たものだから、うっかり魔法を直撃させてしまった。そんな引け目を感じていた、カイル・ディ・ハミルはホッとため息を一つ。
その瞬間、
「っマーミュ! 無事ですか、マーミュ!?」
立ち込める土煙の中から、細剣を持つ男が現れた。
カイルがそれに驚くのも束の間、ユーミスは倒れている少女に駆け寄り、その体を起こして顔を覗き込む。
しかし深手を負った少女は意識を失っていて。彼女の腹部にある傷を見て、流れ出る血に触れると──……ユーミスの中で、何かが切れる音がした。
(……マーミュ。わたくしの、宝。アナタが笑っていてくれるのなら──わたくしは、何だって出来るのですよ)
軍服のマントを外し、その上に少女を寝かせる。使用していた細剣は彼女の傍に起き、代わりに拳撃鍔を手に取り、少女の髪を撫でてから、ユーミスはおもむろに立ち上がった。
「カイル、こちらに妖精が──っ、一体何が……?」
「それが俺にもさっぱり。雑兵を蹴散らしてたら、なんか急にやって来たんだよ。アイツが」
「……何やらただならぬ雰囲気だ。お前も警戒は怠るなよ」
「りょーかい」
ユーミスを追って来たマクベスタと合流し、肩を竦めてすぐ、カイルはサベイランスちゃんを手に警戒態勢に入る。
彼等の視線の先では遮光眼鏡を外したユーミスが、拳撃鍔を装備し、鬼気迫る様子でこちらを睨んでいた。
「華美も、礼節も、全て知ったことか。──人間ども。マーミュに手ェ出した事、後悔させてやる!!」
「っ来るぞ、カイル!」
「おう! 完璧にサポートしてみせるさ!」
女王近衛隊が第三部隊|《ブリランテ》部隊長、熱を奪う妖精ユーミスは──……優しい嘘を忘れ、闘牛のように人間達へ飛び掛った。