だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

586.Sshiedia VS Saintcarat,Yuki 2

「セイン、無事?」
「……今にも扉に圧し潰されそうではあるが、まだ無事だ」
「そう。じゃあ出してやるから、ちゃんとしろよ」

 そう言って、ユーキは鋼鉄の(はこ)に触れた。

(無駄よ。その棺は私が許さない限り絶対に開かないわ)

 それが、彼女の起こす奇跡。何人たりとも覆せぬ絶対的なもの。
 この隙にユーキを捕らえようと、シシェディアは、先端に蜘蛛足の鋏(ペチョ・コンキスタドール)を装着した鞭を放つ。その刃がユーキの胸元を抉り、彼の体を吊り上げる──直前。

「穿ち征服せよ、金剛石(ダイヤモンド)

 閃光が、シシェディアの視界の端を駆け抜けた。

「──ぁ? ひ、ぁ…………ッ!!」

 それと同時に彼女を襲う、激痛。それは右肩から齎されたものであり、おそるおそる患部に目を向けると、そこにある筈の(もの)が切断され、地に落ちてゆく様が目に映る。

「ぁあああああああああああああ────ッッッ」

 噴き出す血と共に、シシェディアが咆哮する。
 鞭を持つ手が切断されたからか、ユーキに牙を剥く寸前にてその鞭は、ふっ、と落下した。

「よくやったセイン。作戦通り(・・・・)傲慢な変態おばさんの虚を衝く事が出来たよ」
「作戦も何も、ほとんどオレが汲み取っただけだと思うがな」
「それはさ、僕とおまえの絆がなせる技ってことで」
「ま、まあ。オマエがそう思いたいなら、そうすればいいと思う」

 セインカラッドは満更でもなさそうだ。あまりにもチョロい。
 いつの間にか開かれた棺で、金髪を揺らし、セインカラッドはのそりと起き上がる。彼等はシシェディアの悲鳴など全く気にもとめず、慣れた様子で平然と会話していた。

「ッこの……! よくも、私の腕を……ッッ!!」

 ギロリと睨む先には、ぽかんとした様子のセインカラッド。釈然としない様子の彼は、棺から出て、シシェディアに告げる。

「まさかオマエ……拷問を好むくせに、痛みに弱いのか?」
「………………へ?」

 信じられないとばかりに放たれたその言葉に、シシェディアは叫ぶ事も忘れ、唖然となる。

「拷問官ならば当然、どこま(・・・・)でなら(・・・)痛みに(・・・)耐え(・・)られる(・・・)()、自身も把握した上で執行に挑むものだろう? ありとあらゆる拷問を自ら経験し、程度の采配を行う。それが、拷問ではないか」
「なに、言って……そんなわけ、な……っ」
「少なくともオレ達はそうだった。森の治安維持の為、暗殺や拷問が日常的に行われていたのでな。自警団に身を置く者は例外なく、多くの拷問を身をもって学んだ」

 妖精(エルフ)の森の自警団。そこでは日常的に拷問が行われる影響か、所属する者達には拷問に対する深い知識と技術が求められた。
 だからこそ、彼等は純粋に驚いているのだ。嬉々として拷問器具を扱うのに、人並みかそれ以下に痛みに弱い、シシェディアに。

「情けない奴。こんなのが僕達の縁者なの、普通に恥ずかしいんだけど」
「そう言ってやるな。相当、奇跡力に甘えてきたのだろう」
「あの感じからして、今まで全然負けたことが無かったんだろうね。格好つけて拷問器具なんて使っちゃってさ? それで見下してた天使くずれ(ハーフエルフ)に負けるとか、だっさ〜〜い」
「? ださ……?」

 ユーキが毒舌全開で嗤う。長年の奴隷生活と貧民生活で、彼の語彙はかなり若年層寄りになったらしい。

(なんなの、なんなのよ……っ、この男達は!? あらゆる拷問を身をもって学ぶ? 頭がおかしいのではなくって?! そもそもっ、どうして私の奇跡が破られたの!?!?)

 右肩の傷口を手で押さえながら、シシェディアは狼狽する。“死の回避”と拷問器具。その二つに用いられていた筈の奇跡力を貫通し、セインカラッドの魔石光術はシシェディアの右肩を抉り取った。
 先程のセインカラッドの言葉は図星だったのだ。これまでずっと奇跡力に甘えてきた彼女にとっては、己の奇跡力を上回る“奇跡”が、どうにも信じ難いらしい。

 だが彼等はこれといって大した事はしていない。ただ、力技で無理やり突破口を開いただけだ。
 ユーキの持つ変の魔力で圧し潰す鉄柩(リッサ・コフィン)の形状を変え、ついでにセインカラッドの宝石の性質を変えただけの事。
 ユーキに言われた通りに宝石を用意し、最大出力で発動準備をしていたセインカラッドは、棺を変形させたユーキが宝石に魔法を使用したのを確認し、すぐさま魔石光術を発動した。

 ユーキの小細工──、半妖半天(ハーフエルフ)の血を宝石に混ぜるという頓痴気な方法で、奇跡力を無理やり突破する“奇跡”を起こしてみせたのである。
 だが、それをシシェディアが知る事は無い。

「ふぅ、気が済んだ。それじゃあ最後に──……報復しよう」
「そうだな。やられたらやり返すのが、ハーフエルフの信条だ」

 二人は目配せし、同時に頷いた。
 全身が粟立つ程の恐怖を感じ、シシェディアは尻もちをついたまま後退る。「いや……っ、こないで……!!」と訴えるが、相手が悪い。
 ──そう、相手が悪かった。よりにもよってこの二人に当たってしまったから、彼女は生まれて初めての恐怖に襲われるのだ。

「まあ落ち着きなよ。人間界は初めて? なら、こっちの世界の拷問器具とか知らないだろ」

 不自然に笑うユーキが鋼鉄の(はこ)に触れると、それは真紅(ルビー)の魔法陣を刻んだままぐにゃりと形を変え、三角の鉄馬(サド・ホース)へと変貌する。

「安心しろ。オレ達はオマエのような初心者とは違い、加減を心得ている。決して死なせはしない」

 この時ばかりは恐怖を増長させる言葉を吐き、セインカラッドが追い討ちをかける。

「いッ、いやぁああああっ! 誰か助けっ──」
「他者を虐げるのなら、恐怖と苦痛に責任を持てよ。あんたがこれまで他者に与えてきたもの、これから全部、味合わせてやるから。──覚悟しろ、快楽犯」

 逃げようとするシシェディアの角を掴み、ユーキが低い声で凄むと、ひゅっと喉笛を鳴らし、彼女は恐怖のあまり大人しくなった。

(私は……っ! 私はただ、ずっとあの快感を味わいたかった、だけなのに───────ッ!!)

 その後の事は、筆舌に尽くし難い。
 二人の拷問官による容赦の無い拷問が彼女を襲う。どれだけ苦しくても、セインカラッドが治癒魔法で回復(リセット)させる為、終わりは来ない。
 これまで恐怖と苦痛を喰らう側だったシシェディアが、ついにそれらを提供する側に回ったものだから、彼女を慕う部下達は大混乱。時間経過が必要な拷問の最中の暇潰しにと、ユーキとセインカラッドにより殲滅された。

 やがて、終わりのない絶望の途中でシシェディアは願ったという。
 もう死にたい。お願いだから殺してくれ。──と。
 結論から言うと、その願いは叶った。本来ならば死ぬ筈のない拷問で不慮の事故が起き、シシェディアはあっさりと死んだ。
 それが、彼女の身に起きた、最後の奇跡だった──……。

「ん〜〜っ、これで僕達の仕事は終了か」
「そうだな。この後はどうする?」
「とりあえず雑魚でも殺そうかなぁ」
「分かった、そうしよう」

 拷問器具の数々が光の泡となって消えてゆく。変の魔力で改造されまくったが、元は、彼女の奇跡力から生み出されたものだからだろう。
 その光の泡に囲まれながら、親友達は言葉も無しに拳をコツンと合わせた。
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