だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

596,5.Interlude Story:Others

 仄暗き地底の檻の中。
 私は、()に告げた。

『───私と、■■してくれないか』

 それに彼は目を丸くした。しかしすぐに気を持ち直して、彼は問う。

『…………理由と、詳細は?』

 随分と肝が据わっているようだ。だからこそ、私は彼を選んだのだが。
 故に、詳らかに話した。彼が望む全ての情報を。そして、『良き返事を期待する』と返答を急かすと、彼は思い悩んだ様子で首を縦に振り、

『条件付きでも構わないなら』

 と、駆け引きした。

『では、そうしよう。汝の望みは何だ』
『……俺の出す、条件は────』

 そうして。とてもあっさりと、その■■は■された。


 ♢♢


 妖精と人間との戦いが勃発する帝都。その中で最も高く、美しく聳え立つは氷の城。その一室──皇帝陛下の執務室にて、その部屋の主は顰めっ面で外の景色を眺めていた。

「──ケイリオルよ。あの騒ぎはなんだ」
「……(わたし)も詳しくは知りません。陛下、この書類にも印を」
「噂に聞く穢妖精(けがれ)とやらだけでなく、魔族のような異形のものまで湧きよって。私の国がまるで地獄ではないか」
「ですから一刻も早い終息の為に、こうして(わたし)達は各種手配をしているのですよ。はい、こちらにも印をお願いします」

 処理した傍から追加される書類を前に、エリドル・ヘル・フォーロイトは苦虫を噛み潰したような表情を作った。
 ケイリオルから渡された書類を上から下まで検閲し、印を捺す。そんな単純作業も数時間続けば……元々沸点が低いこの男が不機嫌になるのも無理はない。

「しかし、お前はまこと酔狂な奴よな。戦力確保の為ランディグランジュ領に向かったと思えば、戻ってきて早々書類の山に埋もれるなど」
「陛下が(わたし)の立場でしたら、迷わず現場に留まりあの異形の者達を殺戮していたでしょう。だからこうして、前もって貴方を執務机に縛り付けに来たのです」

 ほんの数刻前。何故か交戦するフリードルとカイルを見て首を傾げたものの、『では、(わたし)は城に戻ります。現状把握や軍事指揮等、やる事が山積みなので』と言い残し挨拶もそこそこに西部地区を立ち去った、ケイリオル。
 しかしそれは建前で、彼の狙いは別にあった。

「……事件の早期解決を願う割に、私を行かせぬとは。賢明な判断とは言えまい」
「分かっておりますとも。陛下や(わたし)が出れば、確かに被害は減らせるでしょう。ですが、そうはしなかった。──出来なかったのです」
「ほう? それは何故だ」

 印を上下させる手を止めて、エリドルはケイリオルの頭部をじっと見つめた。しかし彼等の視線が交差する事はなく。ケイリオルは窓の外、遠くに見える戦場にばかり目を向けていた。

「……──勿論、王女殿下を守る為ですよ。貴方のことだ……戦場で彼女を見かけたならば、確実に暗殺するでしょう? それを未然に防ぐ為に、(わたし)は貴方を執務室(ここ)に縛り付ける事にしました」

 故に、その穴埋め──戦場の怪物の代わりの戦力として、帝国の剣(ランディグランジュ)の神童を招聘(しょうへい)したのだ。
 彼のここ数日の言動が全てこの時の為のものであったと知り、エリドルは腹の底で何かが煮え滾るのを感じた。

「──痴れ者が。どれ程俺の邪魔をすれば気が済むのだ、お前は」
「──好きなだけ言えばいい。僕は彼女を守る為なら手段を選ばないよ」

 ここでようやく、彼等の視線と殺意が交錯する。

「もはや、帝国の為だと取り繕う事すら辞めたか」
「気付いていたんだ?」
「舐めた事を。お前がどれ程体裁を取り繕おうが、その腹に一物を抱えようが。他ならぬお前だから、俺はお前の進言を聞き入れてきただけに過ぎぬ」
「へぇ、嬉しいなぁ。──でも、彼女に関する諌言は聞き入れてくれないんだね」
「ああ。お前が、俺ではなくあの女を選んだからな」

 互いに一歩も引かず。訣別を選んだ男達は、己の信念に従い対立した。
 片や、どうしても処理出来ないあの日の憤怒と悔恨の為に。片や、どうしても守りたい愛する人達の幸福の為に。

「…………そう。なら、二度と僕の諌言は聞いて貰えないんだね。君を思っての言葉も、君にはもう、届かないんだ」

 ぽつりと零し、ケイリオルは執務机に手をついた。身を乗り出したかと思えば、エリドルの顔に己のそれを近づける。
 互いの呼吸が分かる距離で顔の布をずらし、目と目を合わせて彼は宣告した。

「後悔しても知らないよ」

 あのケイリオルから距離を置かれ、エリドルは目を丸くする。数年振りにちゃんと見た弟の顔……それはまるで、鏡を見ているかのようで。
 記憶の中の弟はいつもへらへらと笑っていて、同じ顔なのにまったくの別人のようだった。だのに、今目と鼻の先にある顔は──毎朝見る己の仏頂面と寸分たがわぬではないか。

(何が、お前から……あの間抜けな笑顔を、奪ったんだ)

 離れてゆくケイリオルの顔を、光のない丸い瞳で追いかける。布に隠され見えなくなってもなお、その視線はケイリオルの頭部に向けられていた。

「…………。それでは、(わたし)は追加の書類を回収して参りますね。そろそろ各部署の方でも、諸準備があらかた済んだ頃でしょうから」

 エリドルの返事を待たずして、ケイリオルは踵を返し部屋を後にする。扉が閉まったその瞬間、その執務室のありとあらゆる出入口が凍結され、エリドルは閉じ込められてしまった。

「……そこまでして、お前は私の望みを潰すのか」
(──だが。もう引き返せない。私は……これ以外の選択肢を選べない)

 途端に冷えきった室内で、エリドルは白い息を吐く。
 窓の外に広がる超常の戦場と化した自分の国を見て、次に空を仰いだ。

「俺は……どうすれば良かったんだ? 最善を尽くして来た筈なのに……どうして俺は、お前を……あいつを、失ってしまったんだ?」

 ずっと三人で一緒に居たかった。ただそのありふれた未来の為に、戦場を駆け抜け、欠片も興味無い皇位にまで就いたのに。
 その結末が、これだ。

「……なあ、アーシャ。どうして、俺達を置いて逝ったんだ────…………」

 エリドル・ヘル・フォーロイトは、最愛の妻の笑顔を思い浮かべ、氷像のごとき冷たい顔をくしゃりと歪めた。
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