だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
第五節・槐夢の客星編

607,5.Interlude Story:Mondlichtgespräch.

 或る夜半。とある目的の為に、月明かりの下を散策していた。

「よぅ、花の君(・・・)。久しぶりだな」

 話しかけるが、返事は無い。
 柔らかな蕾を咲かせた木を静かに見上げていた彼女は、こちらに気付き、ゆっくりと振り向いた。

「……あら。お久しぶりね、優しいひと」
「言い訳がましいが──ここ数ヶ月はあの男がずっと彷徨いてたもんで、中々に近寄れないでいたんだ」
「ふふ。街で大変な事件が起きたんですよね? わざわざ私の元に来たということは……あの子に何かあったんですか?」
「まァ待てよ、一から全部話すさ。その為に今夜は此処に来たんだ」

 不安げに眉尻を下げる彼女を宥め、数ヶ月ぶんの話をする。喜び、楽しみ、驚き、慌て、怒り、悲しむ。豊かな感情を隠さず顔に出し、彼女は前のめりに話を聞いていた。

「──あの子が相変わらず楽しく過ごせているようで良かった。教えてくれてありがとう、優しい貴方。あの人はほぼ毎日のように来てくれるけれど……あの子の話をした事は一度も無いから。貴方が話し相手になってくれて、私本当に嬉しいの」
「……そりゃどーも。こちらとしては、そこまで純粋な気持ちで話し相手になってるワケじゃあねェから、少し複雑ではあるが」
「あらそうなの? ならどうして、私の話し相手に?」
「外堀を埋める為……とか」

 一度はきょとんとしたが、程なくして彼女はハッとなり、「あらあらまあまあ!」と目を輝かせる。
 ずい、と身を寄せてきたかと思えばにんまりと笑い、えらく楽しげに言及してきたではないか。

「そうなの? そういうことだったの? だから貴方は、あの子のことをやけに気にかけていたのね。……うふふ、どうしてかしら。私は正直、恋バナとか苦手なのだけど……今は、凄く、楽しいわ!」
「アンタ本当に肝が据わってるなァ。嬉々として詰め寄ってくるとか、クソ度胸にも程があるだろ」
「幼少期に鍛えられましたからねっ」

 誇らしいと思っているのか、彼女はしたり顔で胸を張る。その姿がアイツを彷彿とさせて──いつの間にか、我が口元は弧を描いていた。

「……ん、珍しい来客のようだ。今宵はそろそろお開きとさせていただこう。それではな、花の君」

 特徴的な気配が近づいてきたものだから、アレに姿を見られぬうちに退散しようと踵を返す。

「久々に誰かと話せて嬉しかったわ。ありがとう──優しくて健気な貴方。応援は出来ないけれど、見守っているわ」

 背中に投げかけられた言葉。応援はしてくれねェのかよ。と苦笑しつつ、適当に手を振ってその場を離れる。
 ……健気、か。そりゃあ慎重にもなるさ。

『───ごめんね、我が友よ。そして、ありが(・・・)とう(・・)

 閉ざされてゆく■界の隙間から見えた、■切■の言■と、狂■■顔。■てられ、搾■■─るよ■──った、■の日から。
 ■年も、何■年も、■■で■■い場■に取■■さ■■いたあ──間■……■■─、■しく■─■■■っ■。

「……ハハ。記憶すら朧げなくせに、感情だけが楔のように残っていやがる」

 何を間違えたのか分からない。何が悪かったのかも分からない。突然訪れたその刻(・・・)が、何年経とうが我が心に根差し、毒のように蝕む。
 この忌々しい感情の所為で……あれから幾度となく月が満ち欠けたというのに、未だに『それ』を恐れ二の足を踏んでいるのだ。この身の、なんとままならないことか。

「はァ……相変わらず、みっともねェ男のままだな。ぼくは──……」

 月を見上げ、大きく息を吐く。
 今夜はもう眠れそうにない。ならば──アイツの寝顔でも眺めに行こう。さすればきっと……ほんの少しは楽に(・・)なる(・・)から。
 そう決めてからは早く、くるりと方向転換し、まるで神に救済を求める信者のように、この胸を焦がす女の傍らへとまっすぐ向かっていった……。
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