真夏の夜の夢子ちゃん
数日後、電車に半日以上揺られた洸平は、ぐったりした状態で祖父の家に着いた。
もうすぐ日が暮れそうで、ヒグラシの甲高い鳴き声が辺りに響いている。

「そうめん食うか?」
祖父が聞くので、洸平は頷いた。
「お前は野菜切れ。」

2人で並んで台所に立つ。

祖父は歳の割には背中がしゃんとしている。畑仕事をしているからか日焼けをしていてガタイも良い。隣に立つと、175cmある洸平とも身長は大して変わらない。

顔も、昭和の映画俳優みたいな顔をしている。
…いや、昭和の俳優がどんなものかはよくわからないが。とにかく、若い頃はモテたんだろうなぁと、洸平は祖父の横顔を見て思う。

そんな祖父は手際よくそうめんを茹でると、水でしめて皿に盛った。それが終わると洸平が切ったナスやピーマンで油炒めを作る。

「じいちゃん、すげぇな。」
思わず言うと、祖父は、ふんと鼻を鳴らした。

思えばずっと一人暮らしをしているのだ。自分のことは全て自分でしているのだと思うと尊敬する。

広い静かな居間で、2人だけの夕食。祖父は、食事中はテレビをつけない主義らしい。
話すことも特になく、洸平は黙々とそうめんを口に運んだ。祖父も、ちびちびとお猪口で酒を飲んでいる。

かなり気まずい。
早く食べて、あの川に行こう。

洸平は、むせそうになるのを堪えながら、そうめんをほおばった。

すると、先に口を開いたのは祖父の方だった。
「お前、また蛍の川に行くのか?」
そう言って洸平を真正面から見る。

「…え?」
げほっ、とむせた。そうめんが喉につかえる。

「あの川はもうねぇぞ。埋め立てられて、高速道路になる。」

「…は?」
洸平の箸からそうめんが滑り落ちた。

「川の向こうの山も、何とかリゾートとかいう会社が買い取った。山を切り開いて、ホテルとか作るらしい。」
祖父は、チッと舌打ちをした。
そしておもしろくなさそうに、お猪口の酒を飲み干した。

何とかリゾート?
最近よくテレビで見かける、人気のリゾート会社のことだろうか。

「…あの川もあの山も…なくなるな。」
祖父はポツリとそう言うと、またお猪口に酒を注いだ。

なくなる?
蛍の川は、あの子と会える唯一の場所だったのに。
あの山にはあの子の家もあるというのに。

…なくなる?

洸平は居ても立ってもいられなくなった。

残りのそうめんをたいらげ、食器を台所に置くと、「出かけてくる」と祖父に声をかけた。

祖父は何も言わず、チラリと洸平を見ただけだった。
< 18 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop