大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした
彩絵のマネージャーの蓮見崇が、ホテルの玄関まで迎えに来る時間が迫っていた。
蓮見はそろそろ四十になるが元は有名なテニスプレイヤーだった。
テニススクールの経営者でもある彼こそが、彩絵にプロになることを勧めてくれた人だ。
スクールの経営は妻に任せ、練習からスケジュール調整までマネージャーとしてずっと彩絵のサポートをしてくれている。
彩絵が蓮見に甘えっぱなしなのを詩織は申し訳なく思っていて、今日のようなお目付け役やトレーナとしての手伝いなどを請け負っていた。
詩織が彩絵から離れかけたら、ひときわ高い歓声が聞こえた。
女性客の悲鳴にも似たような声だ。
「瞬さま~」
「瞬!」
これでもかと騒ぐ声につられて、詩織も女性客が見つめる方に視線を向けた。
「あ……」
思わず声がもれてしまった。
ステージ横の入り口からスポットライトを浴びながら入ってきたスラリとした男性が目にとまった。
彩絵と同類だと瞬時に感じるくらい、輝くような雰囲気を身にまとっている。
長い髪をオールバックに撫でつけているが、若い男性なら嫌味に見えそうなのに彼にはよく似合っている。
長い足で颯爽と歩くからか、重くなりがちなダークスーツ姿が凛々しく感じられた。
細身なのに力強く見えるのは、彼の表情が自信に満ちあふれているからだろうか。
(瞬? 沖田自工の御曹司かな?)
沖田瞬といえば元レーサーだから、女性客が騒ぐのも無理はない。
三十手前の若さで父親が社長を務める沖田自動車工業の重役として名を連ねているはずだ。