大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


自動車業界のことなんて、芸能界にも疎い詩織にはまったくわからない。
けれど、沖田瞬の顔と名前だけは知っていた。
五年ほど前だったか、レース中に事故に遭って現役を引退したというニュースを見て気になっていたからだ。

(ケガはもう大丈夫なのかな?)

交通事故の後遺症で悩む患者さんを知っているから、純粋に理学療法士として関心があった。
ふと彩絵の方を見たら、場慣れしている彼女がいつになく頬を染めて興奮した顔をしている。

沖田瞬は、彩絵のいる場所に近づいていた。

「やあ」

気さくに話しかけている。明瞭でよく通る声だ。

「瞬、待ってたのよ。やっとご登場ね」 
「記者会見が長引いてね。これでも急いで来たんだ」

どうやら彩絵とは仲がいいようだ。顔を寄せ合って、親し気に話している。
ふたりが並ぶと、スラリとした美男美女だからとても目立った。
カメラマンが殺到してフラッシュの嵐となり、女性客からやっかみの声も上がっている。
詩織にも彼女たちの噂話が聞こえてきた。


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