離婚前提から 始まる恋
いつもなら私の歩幅に合わせて歩いてくれる勇人が、今日は少し早足。
腕をとられた状態の私は転ばないように必死について行く。

広いエントランスも照明の半分ほどが落とされて薄暗く、24時間対応のフロントも今は人影がない。
ただ無機質な大理石の床に勇人と私の靴音だけが響いている。

「ねえ勇人、帰りは明日の夜のはずだったでしょ?」
エレベーターの前まで来て足を止めた勇人に、やっと声をかけた。

普段着に着替え荷物も持っていないってことはすでに帰宅後ってことだろうし、随分早い帰国だな、仕事が順調に終わったのかなと雑談のつもりだった。

「予定よりも早く帰ってきて悪かったな」
「え?」

別に私は・・・

「俺が今日帰ってこなかったら、あいつを部屋に入れるつもりだったのか?」
「はあ?」

無愛想で寡黙だけれど、優しくて私を気遣ってもくれる勇人は、今までこんな意地悪を言ったことなんてなかった。

「どうしたの、勇人」
なんか変だよ。

「それはこっちのセリフ。大体、」

ピコン。
ちょうどそのタイミングでエレベーターがきた。

「後で話そう」

エレベーターに乗り込み最上階の自宅まで、私も勇人も口を開くことなく無言のままだった。
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