エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 賢哉の話を最後まで聞けなかったが、彼女がショックを受けるには十分すぎた。

(お金、私の? ……じゃあ、私の留学費用は?)

 ショックで指先が震え、落ちたスマートフォンを拾うこともできずにその場に固まった。そんな彼女の様子がおかしいのを清貴はすぐに気が付いた。

「菜摘、どうかしたのか?」

 彼女の代わりにスマートフォンを拾うと、すでに電話は切れていた。それを彼女に握らせる。

「あの……わたし」

 ショックで声が震えてしまっている。何から彼に言えばいいのか、本当に留学が不可能なのかもわからない。今の段階で彼に相談するのは尚早だと考え菜摘はなんとか気持ちを持ち直して、すぐさま帰宅することにした。

「ごめん、ちょっと家でトラブルがあったみたいで」

「大丈夫なのか?」

 清貴には家庭の事情は伝えてある。だからこそ彼が心配しているのがわかった。

「わからない。帰って確認したらまた連絡するね」

 できるだけ気丈にふるまった。本当は泣き出してしまいたいのに。

「送っていく」

 車のカギをポケットから取り出した清貴に、菜摘は首を振った。

「賢哉くんが迎えに来てくれるから、平気」

「……そうか」

 一瞬顔をしかめたように見えたが、それを気に掛ける余裕が今の菜摘にはなかった。スマートフォンをバッグに片付けると、急いでその場を離れた。

 角を曲がるときに視界に清貴が映る。一瞬足を止めて彼の方を見ると彼も難しい顔をのままこちらを見ていた。

 そのときバッグの中でまた着信があった。菜摘は相手が賢哉だと確認するとすぐさま電話に出て歩きながら応答した。


 帰宅後、菜摘は工場の事務所にいた。デスクの上にあるノートパソコンの画面を見てしばらく絶句した。

「嘘だろ、親父……全部じゃないか」

 画面に表示されているのは、銀行口座の入出金明細だ。そこにあったはずの菜摘の父親が残した学費がすべて引き出されている。

「そんな……」

 肩を落とし涙を耐えるように顔を覆う菜摘の背中を、賢哉がさする。

「悪い、うちの親父が。どうやっても取り戻すから」

 賢哉は菜摘が留学をどれほど楽しみにしていたか知っている。父親が残してくれた財産を大切に思い、みんなが遊びやサークルを楽しんでいるときもしっかりと勉強をし、この工場を手伝っていた。

 だからこそ菜摘と一緒になって、いやそれ以上に怒りをみなぎらせていた。

「帰ったぞー」
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