エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 これまで一度も口にしなかった本音を彼に伝えた。ベッドの上の睦言。そういう形でしか伝えられなかったが、それでも最後に言いたかった。

 義務での夫婦の行為には必要のない〝愛〟という言葉を今日だけは許してほしかった。

 清貴は菜摘の言葉に眉間にぎゅっとしわをよせた。何かに耐えるようなその表情を見せた後、彼は菜摘の希望に答えるようにそれまで以上に、熱く激しく彼女を腕に抱いた。

 その日菜摘の最後の記憶は、彼女に向けられる熱がこもった切なそうな清貴の視線だった。

 菜摘が次に目覚めたとき、時刻はまだ午前三時だった。となりにいる清貴は規則正しい寝息を立てている。

 最近少しのびた彼の前髪にそっと指を伸ばし彼の顔がよく見えるように髪をかきわけた。

 知的で端正な顔立ち。ただいまは無防備に眠っている安らかな顔だ。じっと見つめ一生に忘れないように脳内に焼き付けていく。

 同時に頭に浮かぶのはこれまで夫婦として過ごした日々だ。恋人として過ごした昔の方が幸せなことが多かったはずなのに、つらいこともあった結婚生活の方ばかりを思い出すのはどうしてだろう。

 言い争ったこともある。傷ついたこともある。それらのどれひとつとして手放したくない。切実にそう思う。

 しかし明日になれば、菜摘は自分の体のことを告げ彼から離れなくてはならない。優しい彼のことだ。このまま結婚生活を続けていてもいいともしかしたら言うかもしれない。けれどそれは愛ではなく情だ。

 これまではそれでも自分が彼の役に立つならばという気持ちで傍にいられた。しかしその役目を果たせる可能性が低い今、このままでいたら彼に負担しかかけない自分自身を責めてしまうに違いなかった。

 菜摘がいなければ、彼はまた新しい家族を作ることができる。今度は本当に愛し合った相手と家庭を築き子供に恵まれるかもしれない。それには菜摘は邪魔だ。幸い結婚式もまだしていない。別れるならば早い方がいい。

 自分の中でどうすればいいのかわかっているにも関わらず、考えただけで胸が引き裂かれるように痛い。

 声を殺して涙を流しながら、彼の胸に額をくっつけた。

(最後だから、本当にこれで最後にするから)

 菜摘はじっとひとり泣きながら夜明けを待った。
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