エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
「違う!」

 いくらなんでもそんな誤解はひどすぎる。それはこれまで自分たちなりに信頼で作った夫婦という形を無かったことにする行為だ。

 しかし菜摘が説明しようとしても、清貴は興奮して一向に話を聞こうとしない。

「俺と別れてこいつとよりを戻すつもりなのか? また昔のように俺をコケにするのか」

「だから違うの、話を聞いて」

 彼には賢哉には桃子という恋人がいて、ふたりが結婚したことも子供ができたこともまだ伝えていない。それは清貴が賢哉の話をするとあまりいい顔をしないからだ。

 しかしこんなことになるなら、伝えておくべきだったと今更ながらに後悔する。

「賢哉くんは」

「そいつの名前を出すな。虫唾が走る」

「そんな……」

 そんな風に頭ごなしに言われたら、何も説明できなくなってしまう。怒り心頭に発した彼をどうやって止めたらいいのか菜摘にはわからなかった。

 菜摘の心は今、絶望感でいっぱいだった。

 愛されてはいなくても、信頼はされていると思っていた。それなのに清貴は菜摘が彼をうらぎったのだと思っている。そのことが何よりもつらかった。

(自分たちなりにいい関係が築けていると思ってたのは、私だけだったのね)

 くやしさとむなしさそして絶望。ありとあらゆる負の感情が心を傷つけ引き裂いていく。

 目の前にいる清貴の顔を見る。そこに菜摘のハンバーグをおいしいと言ってうれしそうに食べた男も、情熱的に彼女を求めた男もいない。

 全く別人のように逆上する彼に、菜摘は説明することを諦めてしまう。

(もういいや……どうせ体のことを知ったら別れることになるだろうし)

 もともと朝食後に話をするつもりだった。理由が違うだけで結果は一緒になるのだから、もう何も説明したくないと思った。

 愛されていないとわかっていても人生をささげた相手からの、このような言葉は菜摘の心を殻に閉じ込めるには十分だった。

 すべてを諦めた菜摘は考えることを放棄した。

 それが彼女の心を守る唯一の手段だった。

「ごめんなさい」

 やっと絞り出したのは謝罪の言葉だった。それ以外どう彼に言葉をかけていいのかわからなかったからだ。

 しかしそれを聞いた清貴の顔にそれまでの怒りとは違う、悲しみと絶望が入り混じった表情が浮かぶ。

「それは認めるということか?」

 菜摘は首を振る。それだけは誤解してほしくない。

「なら、なぜ謝るんだ!」
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