23時のシンデレラ〜ベッドの上で初めての魔法をかけられて〜
ーーーー「美弥?」

振り返れば、重たそうなビジネスバッグを抱えた千歳が、慌てて、駆け寄ってくる。

「美弥どした?何があった?」

「なんでも、ない……」

千歳は、何も言わずに、指先で私の涙を救うと、私の目の前の席に座った。

「……颯先輩と一緒に居ると、美弥は、泣いてばっかりだな」

「違うっ、そんなことないの……颯は、悪くないの、私が、颯の事……」


ーーーー信じきれないからだ。


颯のことが、好きで堪らないのに、颯は、私を好きだと言ってくれたのに。

側に居ないと、颯の言葉一つ、行動一つで、すぐに不安になる。恋の経験がない、鈍感で臆病な私は、触れられたら、その手を振り払ってしまうくせに、触れられなかったら、颯の事をすぐに見失って、溢れるのは、涙ばっかりだ。

身体中が、ふいに温かくなる。

男の人の、少し高め体温に包まれて、目の前には、綺麗に結ばれたネクタイの結目が見える。

「千……歳くん」

「僕にしなよ」

昔から知ってるからだろうか。千歳の匂いは、いつも私を安心させる。

「私は、颯が……」

「颯先輩の事なんて、すぐに忘れさせてあげるから」

大きな掌が頬を包んだと同時に、唇に優しく、千歳のものが重ねられる。

颯の噛み付くようなキスと違って、穏やかで、遠慮がちな、触れるだけのキスだった。
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