green mist      ~あなただから~
 ぽつんと真ん中にいた男の子が、下を向いたまま取り残されていた。

「どうしたの?」

 屈んでその子の顔を除き込んでみた。

 大きな瞳から、涙が落ちている。

「学校なんて行きたくないよ……」

 悔しそうに唇を噛んだ顔を上げた。


「何があったの?」

 その男の子を、この前、弁護士と座ったベンチに座らせた。


「僕…… いくら練習しても字が書けない…… 先生もママにも怒られて、でも、書けなくて……」

 男の子は、泣きながら見ず知らずの私に訴えてくる。よっぽど辛いのだろう。


 しばらく考えてみたが、よくわからない。でも、このままほっておけない。私は、背負っていた鞄から、タブレットを出した。

 タッチペンを取り出すと、『パキラ』と書いた。

 「この、植物の名前よ」


 ちらりと画面を見た男の子の目が、大きく見開いた。

「あっ。知ってる。図鑑で見た」

「そう。書いてみる。紙とは違うから、ポンと押すだけでもいいのよ」

「でも…… ゲームは出来るけど、字は無理だよ」

 無理に書かせるのもよくないかと、タブレットを閉じようとすると、男の子の手が伸びてきた。

 男の子がペンを取り、画面に押すと黒い点が付いた。


「そのまま下引いてみて」

 一本の線が出来た。

「私が書いたのを真似してみたら?」

 男の子は、もう一本線を引くうち、パキラと書き上げた。

「書けるじゃない」 

「書けた! はじめて書けた」

「いいのよ。書けるところに書けば」

 男の子が安心できるように、ニコリと微笑んだ。


「うん」


 男の子は嬉しそうに、自分書いた画面を見ていた。


「お名前を教えてくれる?」

「僕、南小学校、二年二組 おがた りょうすけです」

「良介くんね。私は、みずのかのんです。気を付けて帰るのよ」


「うん」


 良介くんは、ポンとベンチから飛び降りると、手を振りながら走って去って行った。
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