green mist      ~あなただから~
 ~真央~

八年前…… 

「ごめん、今夜も行けそうにない。来週は、必ず時間作るから」

「いいの。気にしないで……」

 法子(のりこ)が言ったとき、申し訳ないと思いながら、どこか当然の事だと思っていた。その後に続いた、法子の言葉を聞くまでは……

「私も、行ってないの。あなたが来るとは思っていないから。あなたに、私の事を気にしながら、仕事をしてほしくない。それに、私もあなたを待つ事にこれ以上自分の時間を失いたくないの。だから、もう、お互いを気にする存在でいるのは辞めましょう」

 法子の言っている意味の深さを、すぐには理解出来なかった。


「えっ? どういう意味だ。今日の事は悪かったと思っている。ちゃんと話をしよう」

「今日は悪かった? もう、どのぐらい会っていないか分かっている?」

 法子は苛立つこともなく、平然とまるで世間話でもするかのようだった。まだ、苛立って、感情をぶつけてくれたほうがマシだったと思う。


 後から思えば、俺を待つ間、法子はずっと一人で寂しい時間を過ごしていたのだろう。この時、もう、諦めを通り越し、すでに終わってしまっていたのだ。

 弁護士になって、三年目。大きな事務所での仕事は、やりがいがあって、俺は仕事に夢中だった。大学のサークルで知り合った法子と付き合って五年が過ぎていた。俺は、仕事を優先させる事が当然だと思い、彼女の大事な時間を、無駄に過ごさせてしまったのかもしれない。

 それ以来、人と付き合う事が、その人の大事な時間を奪ってしまう気がして怖かった。



 それでも、俺は香音と過ごす時間が欲しかった。誰かと一緒にいたいなんて思ったのは初めてかもしれない。

 なんとなくとか、成り行きとかじゃなく、彼女を好きだと思う気持ちを確信していたから……

 彼女を大事にしたいと思うから、彼女に悲しい思いをさせたくないから、俺は、少し焦っていたのかもしれない。
だって、彼女は若くて可愛い、俺がもたもたしていたら、誰かに取られてしまうかもしれない。そんな不安もあった。
それほど俺にとって、彼女は大きな存在だった。
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