結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
断ったが篝は可奈子達の待ち合わせ場所まで送っていくと言ってきかなかった。
仕方なく待ち合わせのお店から離れたところで降ろしてくれればいいからと言って、再び街中へを車で向かった。

「あ、ここでいいです」

次の角を曲がったら待ち合わせのイタリアンレストランだと言うところで、車を停めてもらった。

「ありがとうございました」
「じゃあね、連絡待っている。でも、俺も気は長い方じゃないから、早くちょうだい」
「・・・善処します」

結論はほぼ出ていたが、即決は避けたかった。何より彼のことについて、花純に話す必要があると奈津美は思っていた。

「香津美?」
「え!」

名前を呼ばれて振り向くと、そこに可奈子が柾ともう一人知らない男性と一緒に立っていた。

「か、可奈子」

彼女に見られたくなくてわざわざ少し離れたところで降ろしてもらったのに、ここで会うとは思わなかった。
可奈子がウィンカーを出して曲がっていく篝の車を凝視し、「誰?」と視線で問いかける。

「し、知り合い。約束があるって言ったらここまで送ってくれたの」

危なかったと心の中でほっとする。背中を流れる汗は暑さのせいばかりでない。

「香津美の知り合いに、あんな車乗ってる人いたっけ?」

鋭い指摘にぎくりとなる。香津美の交友関係などたかが知れている。可奈子が知らない知り合いなど殆どいない。

「い、いるわよ。大学の人」
「ふう~ん」

まだ納得のいかない様子で可奈子は香津美を見つめる。

「久しぶり、来瀬さん」

可奈子の結婚相手の立花 柾(たちばな まさき)が明るく声を掛けて、その場の空気を打ち破った。
ほんわかとした雰囲気がその場の空気を一変させる。

「立花さん、こんばんは」

救われた思いで彼の挨拶する。
可奈子は直感の人で、おすすめや期間限定などの言葉に弱い香津美と違い、自分の直感で何でも決めてしまう。
それどうなの?というものでも、彼女がいいと思ったものは大抵ハズレがない。
立花 柾に至っても、可奈子の勤める商社の同期だが、当初はオタク丸出しの冴えない感じだったと聞く。
しかしその優秀さは同期の群を抜き、さらに可奈子の助言でがらりと垢抜け、今では同期一番の出世株になっていた。

「彼が可奈子さんが話していた僕の大学時代からの友達、大原弘毅だ」
「大原です。よろしく」

立花が紹介してくれた大原は、銀縁メガネが頭の良さそうな雰囲気のイケメンだった。短く刈った髪が清潔感を漂わせ、紺のインナーシャツに麻混のラフなスーツが爽やかでスタイルも良い。

「来瀬です。私、二次会の幹事は初めてなのでよろしくお願いします」

さっきまで一緒にいた篝より少し背は低そうだ。柔らかそうな空気を纏い、篝とは正反対の印象だ。

(私、どうしてあの人のことを思い出すんだろう)

篝には不快な思いばかりさせられ、唇まで奪われた。印象深いと言えばそうなのだが、好印象とはほど遠い。

「早くお店に行きましょう。ここは暑いわ」

そう言って可奈子は香津美の腕に自分の腕を絡めて歩き出した。

「後でちゃんと教えてね」

立花たちに耳元でそう囁かれ、可奈子が納得していなことがわかった。そしてそれ以上に何かを察していることも。

「な、何のこと。本当にあの人は大学の・・」
「大学の人だったとしても、それだけじゃないでしょ」
「え?」
「首筋、キスマークだよね」
「え!?」

可奈子に言われ、個室であったことが蘇った。チリリとした首筋の痛み。慌ててその場所を手で隠した。

「髪の毛で見えにくいけど、近くだと見えちゃうよ」

(まったくあの人、何考えているのよ)
真っ赤になりながら、心の中で篝に毒づく。

したり顔の可奈子の笑顔が怖い。これは香津美がすべて白状するまで納得しないだろう。

「柾、食べ終わったら私、今夜は香津美の家に泊まるね」
「え、う、うん・・いいけど」

でもある意味可奈子に知られて良かったのかも。
可奈子の意見はきっと香津美のこの状況の打破してくれる。
持つべきものは友人だ。
朝早くの花純の電話から始まった怒涛の一日の中で、ようやく光が差した気がした。
< 10 / 44 >

この作品をシェア

pagetop